電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第6章 奪取
6-8.密林
「目標を発見!」
背後から声が上がった。レナード・ヒル中尉は声の主――副操縦士の側へ寄り、その指の示す先を確かめる。
「あれか……手間取ったな」ヒル中尉がたくましい左腕のアーミィ・ウォッチ、ファーレンハイトHART7015に眼を落とす。「墜落から丸一晩か――生きてりゃいいが」
第1大陸“コウ”東海岸、赤道直下を流れる“ルイーダ”川――その河口部。上空を飛ぶ兵員輸送VTOL機UV-88アルバトロスから、叩き上げのヒル中尉率いる“捜索隊”は、消息の絶えた輸送機C-453ゴリアテを捜索している。
眼下には、“ルイーダ”川の川面が拡がる。幅は1キロに及ぼうかというその両岸を、密林が埋めていた。
副操縦士の背を一つ叩いて、ヒル中尉は操縦室の反対側、機長席へ顔を向けた。問いを機長へ投げる。
「降ろせるか?」
密林の中の一点、木々の一部が薙ぎ倒されたと見られる跡へ、まず機長は機首を向けた。
現場上空を通過する。
輸送機はまず、川面に着水したものと見られた。その後、密林地帯へ突入した痕跡が残っている。
「行けますね」
機長が、輸送機の不時着跡を指さした。アルバトロスが速度を落とし、翼端のターボシャフト・エンジンを上方へと旋回させる。
「降下用意!」機内の部下に向けて、ヒル中尉が声を上げた。「生存者を確認する!」
輸送機は両翼をほぼ根元から失い、尾部をもぎ取られた状態で停止していた。
その後方、アルバトロスは川岸へ機体を降ろした。ヒル中尉の指示の元で1個分隊が降機、2班に分かれて互いを掩護しつつ、後方から輸送機に接近する。
「誰かいるか!? 生きてるなら返事しろ!」
輸送機の内部へ向かってヒル中尉が呼びかける――と、応じる声があった。
声の元――輸送機の貨物室前部へ、ヒル中尉らは前進する。
銃を構えつつ、声の主を確かめた彼らは顔をしかめた。
輸送機にはジャーナリストが乗っている――ヒル中尉はそう聞いていた。独立派ゲリラ“テセウス解放戦線”に拘束された民間人と、その護送役だと。
しかし、そこにいたのは軍服姿が4人――民間人がいない。しかも4人は輸送機の残骸にプラスティック・ワイアで拘束されていた。
「民間人はどうした?」
銃を降ろさず、ヒル中尉は訊いた。
先頭、ロジャーが振り返った。
「大丈夫か?」
3人目、マリィが膝に手を付く。すっかり息が上がっていた。
最後尾のジャックが手を上げた。
「休息しよう」
樹の根元、崩れるようにマリィが腰を下ろす。
「みんな……タフね……」
ジャックから水筒を受け取りながら、マリィは声を洩らした。
「なに、素人にしちゃよくやってる」
「……ありがとう……」
水筒を傾けたマリィが咳き込む。
「慌てるな」
喘ぎつつ、ジャックの言葉にマリィは頷いた。汗に濡れた前髪をかき上げ、頭を樹にもたせかける。
「私がいちゃ……足手まといでしょ……」
ジャックは人差し指を、マリィの口許にかざした。
「みんな俺とお前のために巻き込まれてくれたようなもんだ」言いつつ小さく首を振る。「だからそんなことは言うな」
「ごめんなさい……」マリィが眼を閉じる。「でも……申し訳なくて……」
「だったら、歩けるだけ歩くんだな」ジャックがマリィへ頷きかける。「回線が繋がるところまで。そしたら出番だ」
ジャックのデータ・クリスタルに収められたデータ――通称“サラディン・ファイル”――その信憑性を演出するには、時の人となったマリィの手で公表してみせる以上の手がない。それは全員が納得している。
ジャックが背負ったザックを降ろし、氷砂糖を取り出した。マリィの口に含ませる。
マリィが両手で、今度はゆっくり水筒を傾けた。ジャックがその肩を叩いて、ロジャーたちへ足を向ける。
「へばってるな」
スカーフェイスがマリィへ眼を投げた。
「だからって、見捨てるわけにもいかねェだろ」
シンシアの一言に、スカーフェイスが頷いてみせる。「当たり前だ」
ジャックが、4人の端末を有線で繋ぐ。追っ手に電波を探知されぬよう、一行は無線通信の一切を絶ってきている。
「今はこのあたりだ」
地図を共有する。一行は墜落地点から内陸側へ10キロほど入り込み、そこから進路を変えて北へ向かっていた。稼いだ距離は丸一晩で約10キロ。玄人ならその倍は踏破するところだが、素人を連れてとなるとそうはいかない。
「ここから北へ行けば鉄道へ行き当たる」
第1大陸“コウ”の赤道直下では、通称“大陸横断鉄道”が東海岸“ラッセル・シティ”から西海岸“クライトン・シティ”へと伸びている。
鉄道の側まで出られれば、ネットワーク回線にも繋がりようがある――“サラディン・ファイル”も公表し得る――そういう算段だった。
「まだ100キロはあるぜ」ロジャーは視界の片隅、“ネイ”の弾き出した距離を見た。「問題は軍とゲリラから逃げ切れるか、だな」
「こいつか」
ヒル中尉は、地面へ眼を寄せた。
輸送機の墜落現場から300メートルばかり。ヒル中尉が探しているのは、姿を消したという“ジャーナリスト”一行――その痕跡。輸送機で捕えた4人のゲリラは、口を揃えて証言した――確かに輸送機はジャーナリストを護送していた、と。
中尉の視線の先、湿った土の上には、消されかけた足跡がある。周囲には、他にも足跡を消そうとした痕跡が見付かった。
「雨が降ってなくて幸いしたぜ」
しばらく痕跡を辿る――と、明確な足跡が見つかった。人数は5。
「素人が混じってる、な」
ヒル中尉が片頬に笑みを引っかけた。声を上げ、腕を振って麾下の分隊を集める。
〈分隊集合! まだそれほど遠くへは行ってないはずだ。追うぞ!〉
集まりつつある部下たちを視界に入れながら、中尉は懐のナヴィゲータ“アマンダ”に問いかけた。
〈無線周波数帯を調べてみろ。感はあるか?〉
〈いいえ〉
〈連中、端末同士をリンクさせるってこともある。モニタしておけ。バースト通信も見逃すな〉
「連邦が輸送機を捕捉したな」
ハドソン少佐が振り返った。その先にオオシマ中尉の顔がある。
「先を越されました」中尉が小さく首を振る。「追跡隊は――まあ連邦軍から獲物を横取りってのも悪くありませんな」
「連邦の手勢は、」ハドソン少佐は、視界に示されたデータへ眼を移す。「1個分隊か」
「追って1個小隊が集結中」少佐の言葉を補ってオオシマ中尉。「それ以降は――まあ、考えたくありませんな。こっちの手勢はせいぜい1個分隊、横取りの次は隠れんぼですか」
「隠れろ!」
先頭、ロジャーが手を上げた。
上空に、遠くVTOL機のロータ音。
頭上には密林の樹葉が茂る。空の青はほとんど見えない。だが一行は、思わず近くの茂みに身を隠した。
「そろそろ輸送機が……」言いかけたジャックが、腕時計へ眼を落とす。「いや、とっくに見付かってるか」
「追跡隊も出てるだろうな」
スカーフェイスが、ジャックに頷きかける。
輸送機が発見されれば、そこに残してきたゲリラ4人から情報が洩れるのは道理。それを受けて、追跡隊が派遣されるのも眼に見えている。
「カチ合うとして、どっちだろうな」ロジャーが舌なめずり一つ、「――連邦か、ゲリラか」
「多分、連邦――いや、どっちでも同じか」シンシアの口調が苦い。「オレ達を始末して、戦争の口実にするだけだ」
マリィが荒い息で髪を掻き上げながら、眼でシンシアへ問いを投げる。
「もっと正確に言や、連中はあんたの死体が欲しいのさ」シンシアは口の端を歪めて答えた。「相手側があんたを殺したことにすりゃ、大抵のことは正当化できるって寸法だ」
マリィが固唾を飲んだ。喉が鳴る――それが判るほどに、ロータの音は遠ざかっていた。
「行くぞ」ジャックがマリィの背をつついた。水筒を差し出す。「今のうちに水分を補給しとけ」
「ちょっと待って」水筒を傾けて、マリィはジャックへ眼を向けた。「追い付かれるのは、もう時間の問題ってことよね?」
ジャックはマリィの眼を見返した。
「ああ、多分な」
マリィは唇を噛んだ。
「私の、せいね?」
「何を言ってる?」ジャックが眉をひそめる。
「私の足に、合わせてるからでしょ?」マリィの表情が切迫する。「私を置いていけば……」
「それじゃ意味がない」
スカーフェイスが、マリィの言葉を断ち切る。
「でも……」
マリィが食い下がる。その背に、ロジャーが声を投げる。
「打算で考えてもそうなのさ」
マリィが振り向く。ロジャーはジャックを顎で示した。
「ジャックのクリスタルな、あの中身をぶちまけるとして、あんたがやらなきゃ威力がないんでね」
「どっちみち、」シンシアが言を継いだ。「あんたはオレ達の切り札なんだ」
「……」
マリィが、困ったように沈黙した。
「任せろ」ジャックがマリィの肩を軽く叩く。「問題はタイミングだ。今は時間が要る」
ジャックは立ち上がった。
「行くぞ」
「消耗してやがるな」
ヒル中尉がほくそ笑んだ。
「こいつですね」
前衛のシャベス伍長が、中尉の意を汲んだ。ジャック達の残した足跡の中から、最も浅い――体重の軽いものを指差す。
「ああ、歩幅がだいぶ狭くなった」ヒル中尉が腰をかがめ、足跡へ向けた眼を細める。「こいつァスタミナがない。じき休息の跡に出くわすな」
ヒル中尉の予想通り、休息の跡はすぐ見つかった――足跡の乱れと、身体を横たえた跡がある。
目標が出発した足跡を探す――目標の足跡を消さないよう、慎重に。
「中尉!」次鋒のマッケンジィ兵長が、声を上げた。「こっちです」
西――内陸寄りへ、足跡が続いていた。ただし、跡が少ない。
「これだけか?」ヒル中尉が眉を寄せる。
「自分も少ないと思っております。これではせいぜい2人分かと」
「連中、二手に別れたかもしれんな。探せ」
「は」
敬礼一つ、兵長が足跡をまたいで、さらに探す。程なく、2組目の足跡が見つかった。
「やはりな」
報せを受けたヒル中尉が呟いた。今度は北、海岸線に沿った足跡がある。見たところ3人分、うち1人分が“素人”の匂いを引きずっていた。
「多分こっちが本命だな」ヒル中尉が兵長と頷き合う。「ということは……」
ヒル中尉が東に目を向けた――もう一方の足跡が目指す先。
「ペイトン軍曹!」
分隊の副長を、中尉は呼んだ。長身の軍曹を見上げながら指示を出す。
「1名連れて東の足跡を追え。俺は北のやつを追う」
「は!」
「追跡隊が……」
双眼鏡を覗くジャックが舌を打つ。視線の先には自分たちの休息跡――それを調べる連邦兵たち。
「思ったより速いな」
同行のロジャーが、やはり双眼鏡を覗きながら呟いた。追跡隊をその眼で確かめる。
2人はマリィらを先行させ、後方の偵察に出てきていた。
「どっちだ? ゲリラか、連邦か……」
「連邦だろう、所属エンブレムがそのままだ」
ロジャーが視線を動かす。
「8、9、10人――1個分隊か……2人離れるみたいだぜ」
「どっちへ向かってる?」
「……西、だな――前に偵察に出た時の足跡を追ってる」
「畜生め」
ジャックが来た道を引き返す。ロジャーが後に続いた。
「半日もありゃ追い付かれちまうな、こりゃ」
「じきに日が暮れる」ジャックは足を早めた。「仕掛けるとするなら――夜だな」