電脳猟兵
×
クリスタルの鍵
第2章 亡霊
2-12.急襲
深夜、メイン・ホスト・コンピュータのモニタに警告が現れた。“緊急停止:電源過熱”、“サブ・ホストに切り替え中”。
“ウォーレン・デリヴァリィ”、“サイモン・シティ”北部支社に所属する、物流中継基地のその一つ。自動化・無人化の進んだここでは、慌てる人間がいるわけでもなく、淡々と処置が――サブ・コンピュータへの切り替えと、修理手配が済まされた。手配を受けて、修理業者が社屋に入場、メイン・ホストの部品を交換する。その際に新たな部品が付け加えられた――そのことに気付く者は、もちろん1人もいなかった。
翌未明、“テイラー・インタープラネット”のゲスト・ハウスからの発注を受け、主に食料品を積んだ自動制御トラックが出発した。ホスト・コンピュータの修理業者がトラックとともに“退場”したことは、やはり誰も知らない。
ゲスト・ハウスの門前で、自動制御トラックが停まった。黒い軽装甲スーツをまとったジャック・マーフィはトラックの底に吊り下がりながら、周囲へ眼を走らせた。夜明け前、灯の届く先がわずかに見えている他は、暁闇の中に沈んでいる。
チェックを抜けたと見えて、トラックが門をくぐった。ジャックの視界に“キャス”が重ねて邸のレイアウト。トラックの向かっている先は敷地の奥、キッチン隣の食料庫。
トラックが尾部を食料庫へ向けて停車した。食料庫のドアが開く。荷を受け取りに出てきたのは2人。ジャックは音もなくベルトを外し、自身をトラックから地面へ降ろした。
2人のうち、1人目がトラックの荷台に乗った。2人目が荷台の手前で待つ。その足へ、ジャックは気圧式注射器を突き立てた。睡眠薬が相手の服を通り抜けて血流へ乗った。2人目がふらつき、倒れる。その間に、ジャックはトラックの下から這い出した。
「おい!?」荷台に乗った1人目が、荷を持ったまま振り向いた。視界から相棒が消えている――そのことを認識する前に、ジャックは相手を眠らせた。
ジャックは再びトラックの底へ。シャシィに忍ばせていた装備を取り出す。ガス弾、小型端末、高性能爆薬、短機関銃SMG404。
トラックの底に高性能爆薬を仕掛け、眠らせた2人を物陰へ。そこからジャックは食料庫へ忍び込んだ。奥にキッチンへの扉が見える。確認できるのは調理師2人、いずれも異常に気づいたフシはない。
ジャックは手にした小型端末を食料庫の端末へ繋いだ。
〈“キャス”、やれ〉
〈OK〉
“キャス”は、物流センタのメイン・ホストを遠隔操作、ゲスト・ハウスの警備サブ・システムへ侵入を開始した。予め警備システムに仕込んでおいた複数のサブ・プログラム――一見無害なゴミ・データ群――へ、“合図”となる文字列を送り込む。サブ・プログラムは自ら結合し、一つのプログラムに自身を組み直し、作動する。
ゲスト・ハウスの警備サブ・システムにわずかな“隙”が生まれた。そこへ、力任せに“キャス”が押し入る。物流センターのメイン・ホストを瞬間的にフル回転させ、“キャス”は警備サブ・システムの乗っ取りを成功させた。
〈はい、警備サブの乗っ取り完了〉“キャス”は鼻歌を声に交えてみせた。〈メインはいつでも落とせるわ〉
〈よし。監視カメラとセンサのデータを書き換えろ〉
〈今の反応をループさせるわ、1分待って〉
1分の間に、ジャックはトラックへ仕掛けた爆薬の安全装置を外した。キッチン手前へ戻り、ガス手榴弾のピンに指をかける。
〈――書き換え完了〉軽やかに“キャス”が宣言。
〈よし、メインを落とせ〉
〈はい、おやすみ〉
警備システムのメイン・ホストが、“キャス”の操作でシャット・ダウン。
ジャックは催涙ガス手榴弾をキッチンへ投げ込む。程なく、キッチンの2人が顔を覆った。
軽装甲スーツの呼吸系を内蔵ボンベに切り替えて、ジャックは腰を落とした。
〈よし、……〉
その時、予定外の轟音が響いた。
〈!〉
〈北側の塀が吹っ飛んだわ! しかも2箇所〉“キャス”が警備サブ・システムの生データをジャックへ流す。〈ちょっと待って、正門にも反応――突っ込んでくる!〉
再びの轟音は、地下1階の警備室にも響いた。
「何が起こっとる!?」警備チーフに2度目の問い。
「警備システムに反応ありません!」システムをモニタしている若手に狼狽の声。
「屁理屈漬けの連中が作ったシステムなんぞ当てにするな!」チーフがデスクを叩く。「自分の眼で見てこんか!」
「こちら警備室、」若手がシステムへ向き直る。「警備システムに異常発生! ブラヴォ、エコー、現場へ急行せよ!」
「“自分の眼で”と言ったろうが! とっとと行かんか!」言って、チーフは自分を除く警備員全員を叩き出した。
轟音は、ジャックの耳にも届いた。
〈門が吹っ飛んだわ。フロート・カーらしき物体が侵入、塀の“穴”からも――合わせて3台〉
〈別口か〉ジャックが小さく舌を打つ。〈無茶やりやがって〉
〈ぼやいてる間に……〉
“キャス”に皆まで言わせず、ジャックはキッチンへ突入した。中の2人を気絶させ、その先――食堂を窺う。
〈食堂に反応なし。その先の廊下に3、……いま4人〉“キャス”がジャックの視覚へ邸内のリアルタイム・マップを描く。〈玄関へ向かってるわ――いえ2人が階段へ動いてる〉
ジャックは食堂、長テーブルの横を突っ切って、廊下に面したドア横へ。
〈気付かれちゃったわね〉“キャス”が舌を出さんばかりに、〈警備システムから引き上げるわ〉
〈足跡を残すなよ〉
〈もちろん〉
“キャス”は警備システムに猛烈な過負荷を走らせた。システムは熱暴走、そのまま過熱して焼き切れる。
〈お掃除完了。お後よろしく〉
〈気楽に言うぜ〉
タイミングを見計らって、食堂のドアを開ける。短機関銃SMG404を構えて廊下の左手、そして右手――人影が、階段から出てくるところだった。
先制で3点連射。人影――警備員の着込んだボディ・アーマが、10ミリ弾を受け止める。が、衝撃までは受け流せずに背後へ吹っ飛ぶ。ジャックはそのまま階段口へ。
「銃声ッ!」階段の上方から声が降ってくる。「ミスタ・テイラーを!!」
ジャックは階段口、その脇へ張り付いた。そこでトラックを爆破――注意の拡散を図る。
階段口から相手の銃口が覗いた。ジャックはそれを鷲掴み、力任せに引きずり出す。
露わになった相手の手首へ振り下ろして銃把。関節が外れる手応えを感じながら、肘を続けて顔面へ。みぞおちに膝を、うなだれかけた後頭部へ銃把をくれて、そのまま昏倒させる。
階段上部から銃撃。ジャックは階段口まで身を引くと、ガス手榴弾HG47Gのピンを抜いた。踊り場を狙って投げつける。
催涙ガスの雲が膨れ上がる。包まれた警備員がたまらず悲鳴を上げる。間を置かず、ジャックは階段を駆け上がった。
掌底の一撃が警備員の側頭部に入った。よろめいた相手に10ミリ弾を1発くれて、ジャックはさらに上を目指す。
上階から爆音、そして銃声。しかし今度は自分を向いたものではない。
〈くそ!〉ジャックは足を速めた。〈先を越されたか!〉
2階――廊下に人影なし。
最上階――廊下には目眩ましの白煙と、床に動かない警備員が2人。そして廊下の行き着く先、主の部屋から悲鳴が上がる。ジャックは壁沿い、煙の廊下を突っ切って主の部屋へ。
眼に入ったのは2人の男。1人はスーツ姿、背を壁に着け、両の手を前へかざして、声を裏返して喚いている。
「違うんだ! 私じゃないんだ、本物は――!」
見れば判る――邸の“主”はアルバート・テイラー本人ではない。
これに向き合うもう1人は、ジャックと同様の軽装甲スーツ、相手に短機関銃SMG595を向けたまま、ヘルメットを外すところだった。
〈……何てこった……〉
軽装甲スーツの男の顔――それを眼にしたジャックが絶句する。
やや細めの顔立ち、鋭い眼、焦茶色の髪。ジャックと寸分違わぬ容貌がそこにあった――ただ一点、額から左頬へと走る傷痕だけを除いては。