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電脳猟兵

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クリスタルの鍵

第2章 亡霊

2-11.標的

 的に9ミリの穴が空いた。続いて1つ、もう1つ、さらに続ける――合計7発。
 ゴーグルを着けたマリィは、弾丸を撃ち尽くして遊底の後退した拳銃――バッカスP32ハンディ・ナイトをスタンドへ置いた。
 “サイモン・シティ”は西部、ガン・ショップ“テン・ポイント”――その半地下に設けられた射撃場。コントローラへ手をやり、マリィは10メートル先の標的を手元へ寄せる。命中したのは中心近く、10ポイントが2つ、8ポイントが5つ。
「案外当たるのね」感心の声をマリィが洩らす。
「いやいや、初心者にしちゃ筋がいいよ」筋肉太りのガンスミスが片頬を緩める。「バッカスなら新製品も入ってるけど、護身用ならこいつはいいよ。オーダしてくれりゃカスタムもやるよ」
「すぐ必要なんです」
 そのままハンディ・ナイトを指名買いしそうな勢いで、マリィが言葉を返す。
「そうね……」
 次はアンナが隣のブースに立つ。手にはマリィと同じハンディ・ナイト。
 7発撃って、8ポイントが2つ、6ポイントが5つ。
「どうだい?」とガンスミス。
「やっぱり苦手だわ、この反動」空にした右手を振りながらアンナが答える。「レーザとかないの?」
「狙撃銃でもなきゃ意味ないね」慣れた風で応じるガンスミス。「あんなデリケートな代物、あんたのバッグにゃゴツくて入らないよ。おまけに調整がひどく面倒と来てる」
「そんなに?」げんなりした顔でアンナが問いを重ねた。
「ナノメートルの精度が要る自由電子レーザってのはね、宇宙戦でもなきゃ意味ないのさ」ガンスミスが苦笑交じりに、「重力に酸素に埃、あんたクリーン・ルームでも持ち歩く気かい?」
「必要――よねえ、やっぱり」深々と溜め息をついたアンナがハンディ・ナイトをしみじみ眺める。
「ま、場所によりけりだがね」
 ガンスミスが肩をすくめた。
「これにしとくわ」
 アンナがハンディ・ナイトを置いた。
「じゃ、この2挺を」
「予備の弾倉は?」
 オーダ表を片手にガンスミスが訊く。
「護身用だからこれだけで結構です」マリィがアンナの表情を見ながら、「弾丸も弾倉いっぱい、2人分14発だけで」
「締めて――」ガンスミスがオーダ表に走り書き、「1800ヘイズにしとくよ」
「うわぁ痛い……」
 アンナが額に手を当てた。1800ヘイズで買えたもののリストが頭をよぎる――“ウンディーネ”のヴィンテージ・バッグ、“ホテル・リンツ”のスイート・ルーム、あるいはニースあたりへの旅行……。
「私が持つわよ」マリィがクレジット・カードを出す。「付き合ってもらってるわけだから」
「……助かるわ」アンナが一息つく。それからマリィに眼を向け直し、「でも余裕ないって顔してるわよ。大丈夫?」
「大丈夫よ」言い切ってマリィ。「貯金ならあるわ」
「そっちじゃなくて精神的に」
 アンナがマリィの左胸に指を立てた。
「あー……、」マリィは困ったように、視線を宙へ。「……気を付けるわ」
「銃の方だが、」ガンスミスがオーダ表をペンで小突いた。「携帯許可が下りるまで持って帰れないけど、承知しといてくれるかい?」
「結構です」
 マリィとアンナが頷きを返す。3人は階段を上がり、地上へ出る。
「お2人のIDカードを――ああ地球から?」カード・リーダにマリィのIDカードを通し、ガンスミスは顔を上げた――その眼が複雑な色を帯びている。「また遠いね」
「色々あって」
 相手の感情に気付きながらも受け流し、マリィは肩をすくめた。オーダ表にペンを走らせる。
「まあ早けりゃ明日にでも持ってってもらえるかな――連絡先は?」
 促されて、マリィがオーダ表にコール先を書き込んだ。植民惑星から富を吸い上げる“地球人”――そこへ向く感情は少なからず負のバイアスを帯びている。
「許可が下りたら受け取りに来ます」マリィは差し出された手を握って、「よろしく」
『マリィ、』ナヴィゲータ“アレックス”が告げたのは、帰りのタクシーを待っているところだった。『“インタープラネット・ネットワーク”からコールです』
 アンナの予想は当たっていた。マリィのトランクは星系“オケアノス”、惑星“アイエテス”行きの便に乗っているとのこと。受け取れるのはやはり早くても半月後になるという。どうせならと送り先を地球に指定して、マリィはアンナに苦笑を向けた。
「トランク、見つかったわ。今さらだけど」



「探したぜ、テイラー」
 ジャック・マーフィがほくそ笑んだ。
 トレーラは赤道直下の朝日を背に、“大陸横断道”を東進している。視界に浮かんだのは、“キャス”が拾ってきた情報――テイラー家が“サイモン・シティ”郊外に所有する邸宅にて、物流量が急増した、その一報。
 時を置かず、“トロント”からも情報の売り込みが入る――“リックマン・カンパニィ”の買い手が動いた、と。具体的には、“テイラー・インタープラネット”取締役アルバート・テイラーが“テセウス”入りし、“サイモン・シティ”郊外に滞在中だという。
〈なるほど〉“キャス”が楽しげに声を踊らせた。〈肝試しは苦手みたいね、彼〉
〈そういうヤツさ〉
 ジャックはトレーラを自動制御に任せ、思考を未来へ集中させた。



 傾いた陽光を浴びながら、配送業者“ウォーレン・デリヴァリィ”の黄色いトラックがテイラー邸の門をくぐった。手にした望遠照準器を通して、ジャックはその光景を確かめる。
〈今トラックが入ったな〉
〈OK。警備システムのアクセスは確認できるわ〉
 “キャス”が涼しげな声を骨振動スピーカへ走らせた。無人トラックのシャシィに忍ばせた端末を操って、“キャス”がテイラー邸の警備システムを偵察している。
 第2大陸“リュウ”は東端に当たる“サイモン・シティ”北郊外。沿岸部の断崖上にある“テイラー・インタープラネット”所有のゲスト・ハウスを望む、緑化地帯の茂みの中。ここ数日、このゲスト・ハウスの物流量が急増している――だけでなく、しかも、配送トラックをチェックしている警備員の左脇、ホルスタの膨らみが尋常ではない。改めてアルバート・テイラーが籠城している、と踏むに状況は足りた。
〈システムのホストは……〉“キャス”がゲスト・ハウスの警備網へ潜る。〈多分これ“アメーバ”ね。ちょっと手強いわよ〉
〈乗っ取るか、吹っ飛ばせるか?〉
〈サブ乗っ取った後で、メイン吹っ飛ばした方がいいかしらね〉
〈どのくらいかかる?〉
〈物流基地あたりのホスト拝借したいわね。端末仕込んで直接アクセスしたいわ〉“キャス”が示してリクエスト。〈下手な端末揃えるよりよっぽど確実よ〉
〈ならやれる〉ジャックが断じる。〈あとは……内部のレイアウトと護衛の数か〉
〈警備のホストに侵入できれば判ることよ〉
〈何にしても、陽動が要るな。侵入にはトラックを使うとして、逃げるのは――〉ジャックはテイラー邸の向こう側、海へ落ち込む断崖を見やった。〈海、か〉



 

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