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電脳猟兵

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クリスタルの鍵

第3章 邂逅

3-1.拮抗

『――次は、“グリソム・インポート”の資源統制準備法違反事件の続報です。
 惑星“テセウス”に本社を持つ“グリソム・インポート”社が、資源統制準備法への反対を表明するとして、レア・メタル“エフィニウム”を、連邦法に抵触する量およびルートで輸送しているこの事件。先ほど、空間警備隊が星系“カイロス”で、同社の輸送船“グリソム”ほか3隻を拿捕したと発表しました。これについて、“グリソム・インポート”側は、次のようにコメントしています。“資源統制は地球による支配的な物流・搾取を維持するための政策であり、――”……』



 叫喚――。
 アルバート・テイラーの影武者であろう、スーツの男が割れた声を上げている。
 その手前、軽装甲スーツの男が、焦茶色の瞳を入り口――ジャックへと向けた。
「そいつは……!」
 銃声が一発、ジャックと影武者の声を断ち切った。影武者が床に転がる――その左胸から血が噴いた。
 傷痕の男――エリックが横へ跳んだ。ジャックの側へ弾を流し撃つ。
 ジャックも反対側へ床を蹴る――その先、足元に固い物音。
 反射的に音の主を蹴飛ばして、ジャックは更に跳んでいた。なりふり構わず、床へへばりつく。
 爆発――。
 ジャックが蹴飛ばした物は、手榴弾と知れた。衝撃波が駆け抜け、爆煙が視界を覆う。
 反撃に一連射を流し撃ち、ジャックは体勢を整える。そこへエリックが、別方向から現れた――至近。
 左の貫き手が飛んできた。反射的に右腕で受け流す。続いて右足がこちらの脚を払いにくる――ジャックはいなして、頭突きを一撃。相手がヘルメットをかぶり直しているのに、そこで気付いた。
 エリックはジャックの銃を掴む。ジャックも相手の右腕を掴み返した。ジャックが再び頭突き。更に頭突き。
 相手の体勢にわずかなほころび。ジャックは右手、SMG404の弾倉をリリースして手を放し、そのまま左膝を突き上げた。
 入った左膝を、エリックが掴む。ジャックと同様、彼もSMG595を手放していた。
 ジャックの身体が宙に浮きかける。
「くッ……!」
 咄嗟に右脚を相手の左脚、右手を相手のヘルメットに絡ませた。そのまま一瞬、動きが止まる。
 もろともに転倒――。
 互いに相手を組み敷こうと、横へ転がる。優位は定まらない。

「こちら“チャーリィ”および“デルタ”、ミスタ・テイラーの部屋へ突入する!」
『こちら警備室、敵は催涙ガスを使用! 繰り返す、催涙ガスを使用!! ガス・マスクを着用せよ!』
「了解!」
 警備員たちは背後、消火栓へ踵を返した。簡易ガス・マスクを取り出して引き返す。

 組み合った感触から、ジャックが気付いた。相手のヘルメット――気密が甘い。
 ジャックが腰へ手を伸ばす――その先にガス手榴弾HG47G。途端、エリックがジャックの上へ回った。
「ガス・マスク着用!」警備員の声が廊下から飛んできた。
 瞬間、相手の意識がわずかに逸れた。ジャックは左手、ガス手榴弾をベルトから引き抜く――ベルトにくくりつけた安全ピンの外れる、その感触。そのまま左手を放して相手のヘルメットをこじる。
 攻防が続く中、ジャックの側でHG47Gが催涙ガスを噴いた。エリックが眼を細める。
「突入ッ!」
 警備員の声。エリックがジャックを蹴り剥がす。
 ジャックは跳び起き、窓を目指した。
 窓に走って弾痕。ジャックは横跳びにデスクの陰へ。
〈畜生!〉
 腰のホルスタから拳銃――MP680ケルベロスを抜きつつ呟く、その間に窓の割れる音――エリックが脱出したものと窺えた。
 警備員の注意が逸れたであろうと見越して、ジャックはデスクから飛び出した。同時にガス手榴弾を投げつける。
「手榴弾!」
「構うな、効かん!」
 効かないのは百も承知、警備員たちの注意だけ引いて、ジャックは入り口、ドア脇の陰へ跳び込んだ。
 先頭、姿を見せかけた警備員の右手を掴み、ねじり上げて盾にする。
 警備員たちに動揺が兆した。機を逃さず見舞って10ミリ弾。
 1人目、2人目――最後、3人目がすかさず右へ転がった。弾丸が敵の頭上をかすめる。
 3人目からの反撃。銃弾は盾にした警備員のボディ・アーマに炸裂した。ジャックごとまとめて後ろへ吹き飛ぶ。
 ジャックはもんどり打って転がった。残った警備員へ眼を向ける。
 当の警備員が間を詰めた。銃撃は間に合わない――そこへ左足が蹴り込まれる。
 盾に取った警備員の身体を跳ねのけ、ジャックは右へ転がって足を避ける。両の脚を大きく振り回して相手を退がらせ、その勢いを利して身を起こす。
 今度はジャックが相手の懐へ飛び込んだ。
「!」
 相手の脚を右腕で受け流し、顎へと左の掌底を繰り出す。それがわずかにかわされた。
 勢いそのまま、頭突きを見舞う。怯みを見せたその隙に、ジャックは相手のガス・マスクをもぎ取った。
 相手の表情が後悔を経て悶絶のそれへと転落していく。その首筋へ銃把を見舞って、ジャックは3人目を片付けた。
「発見!」息をつく暇もなく、後続が押し寄せる。
 遠くパトカーのサイレンも聞こえてきた。
〈くそ……!〉
 ジャックはテイラーの部屋へ取って返すと、短機関銃を回収して窓を撃ち抜く。
 そのまま窓を破り、ジャックはその向こうへ跳んだ――海へと。

『ゲスト・ハウスが襲撃を受けました』
 モニタの中から、秘書が緊張の面持ちで伝えた。アルバート・テイラーは寝間着姿のまま、勢い込んで問いをぶつけた。
「殺したか!?」
『いえ……』
 そこまで聞いて、テイラーはあからさまに舌を打った。秘書は恐縮してみせながら続ける。
『囮と警備員、合わせて3名が死亡、7名が負傷しました。現在、地元警察が現場検証を……』
 “サイモン・シティ”の外れ、普段の彼なら使わないような安アパートメント。彼が第一報を聞くまでに、ジャックが海に飛び込んでからたっぷり15分は経っていた。
「何のための警備だと思っとる!」思わず声が裏返る。「ここまでやって、死人まで出して成果なしか!?」
『残念ながら……』
 予算がどうこうと口を挟まれなければ――とは、秘書は口に出さなかった。
「記録はどうした? 犯人の手がかりは!?」
『当時、警備システムはダウンしておりまして、その……』
「この役立たずが!!」
 一方的に、テイラーは通話を切った。同時に顔を曇らせ、ベッドに倒れ込む。
「くそッ、くそッ! くそッ!!」
 ひとしきり罵声を口に上らせた後、彼は今度は頭を抱えた。
「……ハドソンのヤツも当てにならん。身内も役に立たんときた」憂鬱な呟きを、テイラーは誰に向けるでもなく口にした。「次はどうする? 次は……?」

〈くそッ!〉
 黒い軽装甲スーツ姿のジャックは、小型水中スクータを抱えて波間を陸へ歩いていた。
 “サイモン・シティ”北郊外。テイラーのゲスト・ハウスから捜索の眼を逃れ、“サイモン・シティ”北西沖を大きく迂回した彼は、呼び寄せたフロート・バイク“ヒューイ”との合流地点へ足を向けている。
〈くそッ!〉もう何度目かも判然としない呪詛を、彼は口に上らせた。
〈運が良かったわね〉“キャス”が得意げな声を骨振動スピーカへ乗せた。〈あの時私が警備システムをダウンさせてなきゃ、今頃あなた指名手配中よ〉
〈今そうなってない保証がどこにある〉
〈実際載ってないもの。手配者リストにも、テイラーんとこの記録にも〉
 “キャス”の声には確信の響き。
〈じゃ、近いうちになるってことか〉
 ジャックの声に安堵はない。“キャス”の言う通り、運が良かっただけに過ぎない。この事態を演出したのが誰であれ、いつでもジャックを指名手配犯に仕立て上げられる――そのことに何ら変わりはない。あの傷跡の男、あの顔一つ使いさえすれば。
 そこでジャックは思い至った――あの傷痕の顔が持つ、もう一つの意味。
〈……畜生! あの野郎、こっちの狙いまで全部見通してやがるってことか!〉
 ジャックがこれまで姿を隠していたこと、旧“ブレイド”中隊の生き残りを狙っていること――全て見通している人間がいなければ、この事態の説明はつかない。
 このままでは、いずれ相手の思惑に嵌まる。ジャックは天を仰いだ。
「時間がない……攻め切れるか!?」



 

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