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電脳猟兵

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クリスタルの鍵

第2章 亡霊

2-8.狙点

 コンテナ上から忍び寄り、飛び降りる勢いを乗せて後頭部へ一撃――粋がり過ぎた身なりの見張りは、それで地に沈んだ。
 “シールズ・シティ”中央コンテナ・ヤード。摩天楼に四方を囲まれた異景を誇る、そのほぼ中央を占めて管理棟。その側には控えて鉄道の操車場、一方には積み込みを待つコンテナの群れ、その上をまたいでガントリィ・クレーン――その群れが街の灯を受けて宵闇にほの浮かぶ。
 物陰、見張りを引きずり込んで懐を改める。出て来るのが陸軍の制式拳銃P45コマンドーである辺りに取り引きの中身を匂わせて、他にはIDカードに黒塗りのコンバット・ナイフ、それに携帯端末。ジャックは携帯端末に“キャス”を繋いで一言、
〈こいつが足がかりになるはずだ〉
〈どれどれ〉舌なめずりせんばかりに“キャス”がダイヴする。携帯端末、その向こう――目標が織りなすデータ・リンク。
 まず見えてくるのは取り引き組織の監視網。周囲を囲む柵は言うに及ばず、ガントリィ・クレーン上部や管理棟に仕掛けられた監視カメラ、それに随所に仕込まれた対人センサが織りなすその網を一通り辿って“キャス”が一言、
〈はい予想通り。根っこまで食い込まれてるわね〉
 コンテナ・ヤードの管理組合が設置した監視網は、取り引き組織に“異常なし”の擬似信号を信じ込まされ、随所に“穴”の存在を許していた。その“穴”を埋め込んだ側の視点で見るに、線路にほど近いコンテナの一群、そこを見晴るかす監視映像がダミィに差し替わっているのが判る。管理棟の内部映像もまた同じ。“キャス”はその実態、実際の監視映像を暴き出してジャックの視覚へ流し込む。
 コンテナの一つから運びだされて箱の群れ、補正一つかければその色が判る――陸軍色。
 管理棟には指揮を執る一団。その最上階、顔の一つにジャックが反応した――ヘンリィ・バーナード。その肩に提げて制式突撃銃AR113ストライカ。
〈よかったわね、〉見越した風の“キャス”が、ジャックの聴覚へ囁きを乗せた。〈歓迎の準備は万端みたいよ〉
〈冗談じゃない〉ジャックの声は冷たい中に吹雪の猛りを匂わせる。〈あいつら全員相手にしてられるか〉
〈じゃ、どうするってのよ?〉
〈こうするのさ〉ジャックは物陰伝いに取り引き場所、問題のコンテナへ足を向けた。

「まったく人使いが荒いったら」荷役に駆り出された1等兵がぼやきを口に上らせる。「上の連中は空調ン中でしょ?こっちゃとんだ外れ役じゃないですか」
「ぼやいてる間にきりきり身体を動かしな」相棒の上等兵はむしろ黙々と荷を運ぶ。「こいつが終わったら女とシケ込むんだろ?」
「絶対に“アンドレア”のアデルを陥としてみせますよ」
「あーあーそいつは楽しみだな」自棄気味にあしらって上等兵。「それもこれもこの荷運びが終わってから、お楽しみは汗水かいた後に取っときな。ちゃっちゃと済ませるぞ」
「だからっつったって、」1等兵のぼやきは底を見せない。「荷役が俺たち2人てのはちょっと極端すぎやしませんかね?」
「急な仕事だってんだから仕方ねェだろ」上等兵の機嫌が傾いた。「それとも何か、分け前減った方が嬉しかったってのか?」
「――いや、そうは言いませんがね」さすがに1等兵が気まずい表情をよぎらせた。
「じゃ大人しく仕事しな」
 荷を移し替えて戻りの足取り、その眼前――コンテナを出た途端に上等兵の姿が消えた。
「……上等兵殿?」怪訝が1等兵の声に乗る。恐る恐る覗き込んだコンテナ外縁――そこで視界が一転した。
 天地が引っくり返る。息が詰まる――それが文字通りに襲って1等兵。わけも解らぬまま、1等兵は意識を手放した――その視界の端、動かない上等兵の姿が垣間見えた。

〈狙撃銃だ〉ジャックが荷を漁る。もちろん、“キャス”にコンテナ周囲の監視映像を差し替えさせるのも忘れない。
 コンテナに運び込まれたケースの中に、果たして目的のものは見付かった。狙撃銃SR215イーグル・アイ。
〈調整も何もなしでぶっ放すつもり?〉取り引き物資のリストからイーグル・アイを見つけ出した“キャス”は、うさん臭げな声を隠しもしない。〈まさかぶっつけ本番なんてらしくもない真似考えてんじゃないでしょうね〉
〈試射はやる〉決然とジャック。〈ただし物陰だ〉
〈銃声が聞こえたりとかその辺の可能性は?〉
〈聞いたろ、連中は空調を効かせてる〉指摘してジャックの声が鋭い。〈つまり窓は全閉だ。物陰で試射なら時間は稼げる〉
〈見張りには筒抜けだっての〉“キャス”の言葉に手加減はない。〈上手くいきゃいいけど?〉
〈何のために回線をジャムらせたと思ってる?〉言いつつ、ジャックがケースから取り出したイーグル・アイへ眼を走らせる。〈他にいい手があるなら今のうちに言ってくれ〉
 工場出荷時に調整済みという照準器は、すでに銃身への取り付けを終えている。そこへ暗視装置を組み付けて、取り急ぎの準備は整った。
〈1発も2発も手間は変わらん〉
〈いいけどね〉“キャス”に気楽な声が乗る。〈で、どこで試射やんの?〉
〈すぐ裏だ〉ジャックはコンテナの裏側へ指を向ける。〈銃火が管理棟から見えなきゃそれでいい。弾道を見たらすぐに殺る〉

 銃声――。
『おい誰だ、誰が撃った!?』
 データ・リンクに動揺が走る――それを“キャス”が『異常なし』の一語に差し替えた。
〈照準修正、上方5センチ〉“キャス”が監視カメラからの着弾映像をジャックに送る。〈まあ上等じゃないの〉
〈急ぐぞ〉跳ね起きたジャックがイーグル・アイを担いでコンテナの屋根へよじ登る。
〈“キャス”、〉屋根に伏したジャックが構えてイーグル・アイ。〈管理棟の監視カメラ、データをこっちへ〉
 暗視装置越しの管理棟、その頂上に探してヘンリィ・バーナード、その頭――、
 息を止め、照準を頭の中で修正し、引き鉄へ力を僅かに込める――銃声。バーナードのこめかみに7.5ミリの穴が空いた。
〈命中確認〉端的に“キャス”。
〈ずらかるぞ〉イーグル・アイを放置したまま、ジャックがコンテナの上を走り出す。〈“キャス”、見張りに偽のデータをくれてやれ!〉



「5人目、か」ハドソン少佐は網膜に示されたニュースの見出しに呟いた。いわく、“コンテナ・ヤードの凶行――犯罪組織の抗争か”。
 死亡が報じられたのはただ1人、ヘンリィ・バーナードの名がそこに据わる。
「さて、残り1週間」ハドソン少佐が口に上らせた時間は、アルバート・テイラーの“テセウス”来訪までの残り日数。「どれだけ“掃除”が進むかな」



『5人目が殺られたよ』“トリプルA”が面白げもなくそう告げた。『しかも今度は現役の軍人だ』
 バー“アルバ”の片隅、ロジャーの網膜に“シールズ・シティ”での“抗争”を報じた記事が踊る。ロジャーは早々に席を立ち、店を出ると夜の雑踏へ姿と声を紛らせた。
「今度も元“ブレイド”中隊か?」
『うん』“トリプルA”がロジャーの網膜へ被害者のプロフィールを流し込む。『しかも現場は“シールズ・シティ”のコンテナ・ヤード――多分、闇取り引きの現場だと思う』
「1週間で5人かい。大したペースじゃねェの」ロジャーは呟く。「こいつァいよいよキナ臭くなってきたね」
『いや、いよいよジャックのゴールが見えなくなってきたよ』
「問題は現場か?」ほろ酔いの男女をかわしながらロジャーが訊いた。
『そう』“トリプルA”が声を低める。『戦線布告なら、わざわざ1人だけ選んで殺す意味は薄い』
「つまり、」ロジャーは誰にともなく呟いた。「ジャックの狙いは闇取り引きの相手じゃない、ってわけか」
『そういうこと』
「今回の取り引き相手は?」
『多分、独立派ゲリラの末端組織』当たりをつけて“トリプルA”。『どっちかっていうと、ジャックをおびき寄せる罠だった可能性もある』
「が、とんだ墓穴だったってことかい」ロジャーが片頬に笑みを引っかけた。「ジャックのヤツもやるじゃねェの。じゃ、いよいよ“ブレイド”中隊ってヤツが臭ってきたね」
『うん。何に関わってたか、そこんとこが手がかりになると思う』
「“ウィル”の方は?」
『こういう視点で見てみると、元“ブレイド”中隊の消息を追ってるのは間違いない』“トリプルA”がロジャーの視覚にリストを流す。『で、ちょっと興味を引かれたんだけど――エミリィ、情報を集めるばかりでもないようなんだ』
「どういうこった?」
『集めた情報を流してるフシがある』“トリプルA”の声が低くなる。『で、問題はこの中身。殺された元“ブレイド”中隊員のネタが洩れなく混じってる』
「ジャックのヤツに肩入れしてるってか?」すれ違った美女に後ろ髪を引かれながらロジャーが訊く。
『かもね。かなり回りくどいけど』
「そりゃ、表向きはくたばったことになってるからな。凝ったことしてしてまァ、」そこでロジャーの声が改まる。「そこまでして、何で今なんだ?」
『どういうことだい?』
「ジャックが横流しに関わった途端にエミリィのヤツァ行動に出た」ロジャーの声が思案に沈む。「けどジャックを煽ってる割にゃ全面戦争ってわけでもなさそうでね。単に元“ブレイド”の連中を始末したいだけなら、今この時を選ぶ必要ァないはずだ」
『面白い考えだね』“トリプルA”の声に興が乗る。『つまり“今”に絡む要素があるはずってことか』
「そういうこと」ロジャーが舌なめずり一つ、「“ブレイド”中隊解散の経緯ってヤツ、本気で調べてみたらどうだ?」
『それがよさそうだ』“トリプルA”が肩を鳴らす、その気配。『にしても軍事機密が相手とは、エミリィもよっぽど深みに嵌まってるね』
「エミリィが動き出すのが先か、」ロジャーが舌なめずり一つ、「こっちが鉱脈を掘り当てるのが先か、だな。“ウィル”に仕掛けは?」
『追跡プログラムは仕込んである』悪童じみた声で“トリプルA”。『エミリィが動き出した時は頼んだよ』



 

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