電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第8章 衝突
8-13.地下
〈“シーフ1”を補足しました〉ギャラガー軍曹が背後、ハドソン少佐へ告げた。〈地下鉄“キャラウェイ”駅、構内モニタ〉
〈“ブラック1”から報告〉すぐ横、マルケス兵長が続ける。〈“着弾点に敵影なし”〉
“シーフ1”ことジャックが生き残っていれば、“ブラック1”こと機動戦車が見付けられないのも道理。ハドソン少佐が指示を出す。
〈マルケス兵長、“ブラック1”の損害を報告させろ。ギャラガー軍曹、地下鉄の制御へ介入。連中を追い立ててやれ〉
そこへやって来て警備兵。耳を貸したハドソン少佐が頷く。オオシマ中尉が眼で訊いた。
〈“ジュエル”が来た。しばらく頼む〉
臨時作戦司令室、入り口のドアをくぐる。護衛兵2人とシンシアに連れられて、暗号名“ジュエル”ことマリィ・ホワイトがそこにいた。ハドソン少佐を見たその顔が緊張をはらむ。
「またお会いしましたな」
「……今度は、どんなご用です?」
マリィは、両の手を胸に引きつけた。
「しぶといネズミが狙って来ていますのでね。こちらで保護させていただきます」
理解の光を、マリィが深緑色の瞳に宿す。
「彼が?」
「あなたの安全を脅かす人間ですよ、今はね」
「安全、ですか」
マリィの眉に、不審の色。
「連邦もそうだと、彼女から聞かされました」シンシアへ掌を向けながら、マリィが斬り込む。「そう言いながら連邦に私を返すというなら、あなた方も同じ――そういうことになりませんか?」
ハドソン少佐は片眉を踊らせた。
「彼と自滅するのがお望みか?」
「……どこにいても同じなら」マリィが少佐を見返す。
「しかし見捨てておくわけにも行きませんでね」
ハドソン少佐はマリィの背後、警備兵に眼配せを投げた。マリィの視界、両脇から護衛兵の姿が割って入る。
「安心なさい」護衛兵の間から、ハドソン少佐が頷きかける。「我々はあなたを見殺しにはしない」
「……どうやって?」
「今は、お話しするわけにはいかない」眼をマリィに据えたまま、ハドソン少佐が低く命じた。「お連れしろ」
護衛兵に促され、マリィは踵を返した。同階、やや奥の会議室へと導かれる。
それを肩越しに見やりつつ、居残ったシンシアがハドソン少佐に問いを投げた。
「彼女をどうするつもりです?」
「ヤツは彼女を目がけてやって来る」少佐が投げて視線――マリィの背中が消えたドア。「違うか?」
「彼女をエサにするつもりですか?」
シンシアの眼に非難の色。ハドソン少佐は跳ね返した。
「ものは言いようだな。不満か?」
言い張られればシンシアの方に分がない。
「……少佐の肚づもりをお訊きしています」
「手許に置いておかん方がよほど危険だ」間をおかず、ハドソン少佐が断じる。「言ったろう、これは“保護”だ。他に質問は?」
「……いえ」
「では任務に戻れ」
「――は」
心もち重い敬礼。少佐は何食わぬ顔で答礼ひとつ、踵を返してドアをくぐる。その背を、シンシアは動かず見送った。
〈おい、さっきから何か聞こえないか?〉
ロジャーがうそ寒い声を出した。
地下鉄の線路を追って、片眼になったヘッド・ライトを灯したストライダが走る。狭いトンネル内、風切り音に混じって下から立ち上る低音は、ジャックの耳にも届いている。
〈“キャス”、運行制御に潜れないのか?〉
〈さっきからやってる。“ネイ”もね〉
返ってきた声は歯切れを欠く。
〈どうした?〉
〈さっきから横槍が入ってるのよ〉“キャス”が辛抱を切らせて声に感情。〈あーもォチマチマチマチマうっとうしいったら!〉
その間にも低音が増して存在感。
〈何かあるわ――後方、センサに反応!〉
“キャス”の声を待たず、ジャックが振り向く。
背後は暗闇――の中に、物体。ストライダのテイル・ライトがほのかに照らし出す、そのシルエットは鉄道車輌そのもの。それが無灯火で迫ってくる。
〈ロジャー、加速だ!〉
ジャックが立ち上がり、瓦礫でへこんだルーフへ伸ばして上半身。右肩、構えたのは突撃銃AR110A2ヴァリアンス。
〈そんなんで何とかできるのか?〉ロジャーの声に疑問符が踊る。
〈やってみるさ〉
進行方向右手下方、線路脇。線路に並行して走る給電レールに狙いをつける。1発、2発。火花が散った。
〈だめ、停まんない!〉
〈くそ、〉ジャックが舌を打つ。〈これくらいじゃ響かんか〉
給電レールの幅はおよそ10センチ。7ミリの穴がいくつか空いたところで電力が断てるものではない。
見る間に車輌が間を詰めてくる。
〈なら、こいつだ〉
ジャックは腰、手榴弾HG47へ手を伸ばした。ピンを抜いて待つこと2秒、給電レールへ投げつける。
――爆発。
緊急ブレーキの甲高い金属音が、ヘルメット越しにも耳に障る。
直後にストライダも急ブレーキ。ジャックを振り落とさんばかりに減速をかける。しがみついたジャックが声を上げる。
〈何だ!?〉
〈前!!〉
振り返ると正面、ヘッド・ライトの中に列車の姿。それが逆走して迫りくる。
〈落ちんなよ!〉
言い捨ててロジャーが舵を切る。左手、トンネル側面へ車体を寄せる――どころでなく、実際に接触の火花が側面から上がった。さらに浮揚高度を落とし、狙って列車の斜め下。
無灯火のまま列車が迫る。ジャックが頭を引っ込める、その直上を列車がかすめた。金属の悲鳴を曳き、ギロチンのような車輪を横眼に見て、ストライダがなお進む。
――抜けた。
背後でひときわ大きな轟音。金属がこすれ、ねじ曲がる音がトンネルを満たし、腹に響く。
〈潰す気だったのか……〉
ジャックの口から溜め息混じりの呟きがもれる。
〈畜生! これじゃ生命がいくつあっても足りゃしねェ〉正面、プラットフォームの灯を見たロジャーがぼやいた。〈地下街はまだか?〉
〈次の駅を上がって〉
“ネイ”がロジャーの視界に地図を投影した。次――“ダルデンヌ”駅から伸びる地下街を描いていく。
〈もうマークされてるってことだ〉ジャックは唇を噛んだ。〈くそ、考えろ、考えろ……〉
〈“シーフ1”、“ダルデンヌ”駅――プラットフォームへ上がりました〉
ギャラガー軍曹が報告を上げた。眼前のモニタ、駅構内監視カメラが捉えた映像を、満身創痍のストライダが横切る。
〈すり抜けたか〉オオシマ中尉が顎を掻く。〈しぶといな〉
〈マルケス兵長、防火隔壁は?〉
ハドソン少佐が声を投げる。
〈は、駅周辺1ブロックを封鎖しました〉マルケス兵長が振り返りつつ、〈単純なシャッタですが〉
〈破って出てきますよ?〉オオシマ中尉の言葉に、眼だけを動かして少佐が応じた。
〈連中の動きは判るし消耗も増える。損はなかろう〉
〈ごもっとも〉
〈戦闘配備。“クロー・ハンマ”を現地へ展開、“スレッジ・ハンマ”と“ウォー・ハンマ”を臨戦待機へ〉
ハドソン少佐が命を下す。
〈は〉