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電脳猟兵

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クリスタルの鍵

第8章 衝突

8-12.先手

〈アクティヴ・サーチ!?〉
 驚きの表情を乗せて“キャス”の声が聴覚に跳ねる。
 “クライトン・シティ”北東部、開発中の居住エリア。戦術マップに眼をやれば、付近に両陣営とも戦力は展開していない――はずだった。
〈方位055!〉
 “キャス”が告げたのは、向かって右後方。ロジャーとスカーフェイスが眼を交わした。ストライダとFSX989が左右に分かれる。ジャックはストライダのルーフ・ウィンドウから上体を乗り出し、対物ライフルAMR612シュライクを抱え上げて後方へ向けた。その視界、やや上方に、“キャス”が示したマーカが映る――センサ・ユニットらしき発信源。
 ストライダが加速する。
〈撃ってきた!〉
 後方にミサイルの噴射炎。住宅群の屋根越し、上空に向かって光の柱が伸び上がる。
〈ちょっと待て、〉ジャックが指摘する。〈戦術マップはゲリラ側から盗んで来てるんだよな、てことは――〉
 言い終わるより早く戦術マップが視界から消えた。“キャス”からの反応がしばし途絶える。
〈やられたわ!〉“キャス”から地団駄を踏まんばかりの声。〈ダミィかまされてて今まで気付かなかったなんて!!〉
 “キャス”は生きていた――そこに小さく安堵しつつジャックが問う。
〈被害は?〉
〈ゲリラ側のルートが全部パァ! 今クラッシャかまされたわ! 身代わりで何とかしのいだけど……〉
〈ミサイルは? どっちへ向かってる!?〉
 言いつつ光源を見据える。センサの捉えた情報が視界に重なった――地対地ミサイルSSM-144アルバレスト。上空に駆け上がったミサイルが首をもたげ――、
〈――こっち!〉
 ジャックは左肩、ロケット砲RL29の安全装置を外した。
〈そこの角、右!〉
 ロジャーへ声を投げつける。
〈オーライ!〉
 アルバレストが上空から襲いかかる。盾に取れる建物はなかった。ジャックは進行方向、ロケット砲を地面へ向ける。
 絞って引き鉄――正面に爆発。吹き上がる爆煙に、ストライダが突っ込む。
〈あらよ!〉
 ロジャーがフル・ブレーキ。ジャックとAMR612を振り落とさんばかりに、ストライダがドリフトする。束の間だけ爆煙の中に留まると、今度はアクセル全開。宙に飛んだ破片と火薬の熱でアルバレストのセンサを撹乱しつつ、進行方向を直角にねじ曲げてストライダが飛び出した。
 爆発――背後で成型炸薬が宙を灼き抜いた。
 爆風にあおられた車体の左側面が街灯にぶち当たる。右へ跳ね返された車体が、今度は向かい側のポストを弾き飛ばす。
〈この!〉
 車体がスピンする。カウンタを当てて、ロジャーは暴れるストライダをねじ伏せた。車体が停まる。
〈敵は!?〉
 ロジャーが問いを飛ばした。“ネイ”と“キャス”が声を重ねる。
〈反応ないわ!〉〈あん畜生、陰に隠れてやがるわよ!〉
〈定石通りなら、〉そこへジャックが声を挟む。〈次は戦果を確かめに来るはずだ〉
 ジャックは身を屈めて後部座席、次のロケット砲RL29へ手を伸ばす。
〈隠れるぜ〉
 ロジャーはストライダを動かした。すぐの角を右に折れ、アパートメントの陰へ隠れる。ジャックがストライダを降りて、爆心地を窺った。
〈あいつは?〉
 スカーフェイスの安否をジャックが問う。そこへ“キャス”が噛み付いた。
〈データ・リンクぶっ飛ばされて、どうしろってのよ!? テレパスじゃあるまいし〉
〈向こうも地下に潜ってくれりゃ、連絡もつきそうなもんだが〉
 ロジャーが呟いたところへ、車内スピーカから“ネイ”が割り込んだ。
〈来た!〉
 ミサイルの着弾点越し、余熱に揺らぐ空気の向こうに敵影。街灯に浮かび上がったそのシルエットは――機動戦車MT-3ダリウス。
〈まずいな……〉RL29の安全装置を外しながらジャックが唇を噛む。〈あいつの正面装甲は抜けん〉
〈回り込むか?〉
 心持ち声を潜めてロジャーが問う。
〈逃げた方が早いな〉ジャックはダリウスから眼を離さない。〈“キャス”、地下への入り口は?〉
 “キャス”が視界に付近の地図を重ねた――地下鉄駅が西にある。
〈ここから500メートルってとこね〉
 “キャス”が付け足した――ところでジャックが声を上げる。
〈こっちへ来る!〉
 傾いた街灯にしろポストの残骸にしろ、観察すれば逃げた方向が判るのは道理。ロジャーが手招く。
〈乗れ!〉
〈ヤツの眼を眩ませる!〉
 ジャックはRL29の銃把を握りしめた。追いかけられれば、いずれまたミサイルが飛んでくる。
〈無理すんな!〉ロジャーが急かす。
〈あと少しだ!〉呪文よろしくジャックが自らへ言い聞かせる。〈あと少し……!〉
 彼我の距離は50メートルそこそこ。ダリウスが加速する。陰から身を乗り出しざま、ジャックが構えてRL29。狙いはダリウスの側面装甲。
 瞬間、ダリウスが勘付いた。急減速しつつ上部、機関砲塔を動かして、ジャックへ25ミリの砲口を巡らせる。
 ジャックがRL29の照準を修正、引き鉄を絞る。炎を曳いてロケット弾――ダリウス側面、ミサイル・ランチャに弾頭が突き立った。
 成型炸薬が灼いてミサイルの推進剤。誘爆に閃光、続いて足元を揺るがす衝撃波。
 わずかに遅れて25ミリ機関砲が吠えた。狙いが逸れて、アパートメントの2階を抉る。
 ロケット砲を棄て、ジャックはストライダの助手席へ飛び乗った。それを視界の隅に確かめて、ロジャーがアクセルを踏み込む。ドアを閉めかける身体をシートへ押し付けて、ストライダが飛び出した。
 眼前の角を左へ折れる。閉じ切らないドアを遠心力で振り回し、ジャックの身体さえ投げ出さんばかりに、ロジャーがストライダの舵を切る。
 息もつかせずアクセル全開、フロート・エンジンに悲鳴を上げさせて、ストライダが西へと逃げを打つ。
〈やったか!?〉問うロジャー。
〈無茶言うな!〉ジャックがドアを閉じながら断じた。〈ミサイルの推進剤をやっただけだ。やるならもう一発要る!〉
〈アクティヴ・サーチ!〉“ネイ”に悲鳴。〈あいつまだ生きてる!〉
 ストライダのフロント・ウィンドウにデータを投影。爆心地の上空から、超音波と電磁波の投射。ダリウスがセンサ・ユニットを打ち上げたと見える。
〈来るわよ!〉
 “ネイ”の語尾へかぶせんばかりに、背後から光――振り返るまでもない、アルバレストの噴射炎。それが居住エリアの姿をあぶり出す。
 一散に西へ。遮るものひとつない生活道路の光景が、最大加速で背後へと流れ去る。
 光源が駆け上がるにつれ、家並の陰が短くなり――そして光に翳り。ミサイルの弾道が頂点を越える、その兆し。
 視界の端、地下鉄駅の表示が迫る。つんのめるようなフル・ブレーキで交差点へ突入するや、尻を流しかけた車体にカウンタをくれ、ロジャーは車体を右手の歩道へ乗り上げる。
 家並の影が、今度は伸びた――ミサイルが降ってくる。眼前、地下鉄への下り階段。ロジャーが再びアクセルを踏み込んだ。
 頭上に灼熱の閃光。衝撃と轟音が全身を打つ。身体が浮く――。
 下り階段の屋根が抜けた。瓦礫と化して崩れ果て、ストライダへと落ちかかる。ルーフがひしぐ。眼前には向かい側の上り階段、それが壁となって立ち塞がる。ロジャーは全力でブレーキ。尻が右へ流れる。
 ストライダは右前面を上り階段へと打ち付けた。フロント・ウィンドウがひび割れ、エア・バッグが2人をシートへ押し付ける。さらに尻が回って右側面、ドアをひしぐほどぶつけた後、横転し――かけたところで動きが止まった。ゆり戻し、底部を踊り場へぶつけて、そこで停まる。
 ロジャーの口から、長い嘆息。
〈生きてる……〉
〈エンジンは?〉
 ひび割れたドアのウィンドウを肘で砕きながらジャックが訊く。
〈……何とか〉
 出力計に見えて手応え。
〈今のうちにずらかるぞ〉
 ジャックは車体前方の階段下、地下鉄駅を顎で示した。肩から突撃銃AR110A2ヴァリアンスを外すと、銃床でフロント・ウィンドウ、残った欠片を取り除く。
〈異議なし〉
 ロジャーはストライダの出力を上げた。車体が浮力を取り戻し、動き出す。
〈スカーフェイスはどうなった?〉
〈ちょっと待て、“キャス”?〉
『今やってる』車内スピーカに歪んだ声。『何よ、もうほとんどスピーカ死んでるじゃない』
 程なく視界に地下鉄の路線図。現在位置のマーカがそこに重なる。
〈応答なし〉
 車載スピーカに見切りをつけた“キャス”が、骨振動スピーカへ送って高速言語。ジャックはロジャーへ向けて、一つ首を振ってみせた。
〈無事だといいがな〉
 言いつつロジャーがストライダを階段下へ滑らせる。下り切った先には人影のない地下道。ところどころ欠けた発光パネルの連なりの下、落書きと洗浄剤が格闘を重ねた壁が続く。その先に無人の改札口。
 ジャックが歪んだドア、割れたウィンドウから上体を出し、次いで腰、さらに足を引き出して床へ。
〈いいぞ、高度上げろ〉
 ロジャーがエンジンの出力を上げた。煙草の吸い殻や紙くずを吹き散らして、ストライダが高度を上げる。
 改札機の高さを越えたところで、ジャックが両の掌をロジャーに向けた。
〈OK〉
 ストライダを前進させ、改札機を乗り越える。ジャックはウィンドウから乗り込み、
〈環状線に乗った方がいいだろう〉
〈どっちにしろ軌道エレヴェータ方面だな〉
 ロジャーがストライダの鼻先を巡らせる。階段を下ってプラットフォーム、さらに線路へ。



 

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