電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第6章 奪取
6-6.意図
ジャックが右着陸脚の手動操作ハンドルを回した。着陸脚の収納ドアが右側だけ、わずかずつだが開いていく。
〈どうだ!?〉
開いた収納ドアが空気抵抗を生じる。機体はわずかずつ右に逸れる――はずだった。
〈駄目だ、自動で方向修正してやがる!〉
羅針儀を凝視していたエミリィは舌を打った。方向舵が自動調整され、輸送機の進路はすぐ元に戻る。
ジャックは次いで右の着陸脚を手動で下ろした――空気抵抗はさらに増したが、結果に変わる気配は視えない。
〈気を利かせすぎだぜ〉エミリィが自動制御の出来を呪う。〈すぐに姿勢制御しやがる。こいつァ、ただ航路をトレースしてるんじゃねェな〉
〈現在位置をごまかしゃいいんじゃねェか?〉ロジャーが計器盤のパネルを開いた。航法中枢へ携帯端末を直結する。
〈手が込んでるわ〉ロジャーの端末から“ネイ”がぼやく。〈こいつ、外部と交信してないのよ。自分のセンサしか信用してない〉
〈じゃあセンサに直結してやるよ〉
〈いくつあると思ってんの? 繋いで調整やってる間に落ちるわよ!〉
〈畜生!〉
しばし、重い沈黙。
〈……こいつは、〉スカーフェイスが、慎重に口を開いた。〈自分で考えて飛んでる――そうだな?〉
〈ああ〉エミリィが頷く。
〈なら、〉スカーフェイスが、エミリィの肩に手をかけた。〈燃料を抜いてやったら、こいつどうすると思う?〉
その親指が、非常用の燃料投棄バルブに向いていた。
〈こいつが、不時着やるほどの脳みそ持ってると思うか?〉
スカーフェイスが、片頬をねじ曲げた。言われたエミリィが顎に指を添える。
〈これだけ凝ってりゃ、そこまで考えてあっても不思議はない、か〉
〈バクチだな〉
ジャックが、唇を舌で湿した。エミリィは両の手を上げた。
〈やるとしてだ、何も今すぐってこたァないさ。海の上に落っこちたって、どうしようもねェからな〉
ジャックが燃料計と地形図に眼をやった。
〈そうだな、陸地まで――あと10時間はある。それまで頭を冷やさないか?〉
「シンシア!?」マリィが声を上げたのは、操縦席から貨物室へエミリィが顔を覗かせた時だった。「あなたも無事だったの!?」
〈知り合いか?〉ロジャーに見逃す風はない。
〈……畜生、オレだけ貧乏クジかよ〉恨めしげな視線をジャックへ投げつつ、エミリィが片手でマリィに応じた。「ああマリィ――久しぶりだな」
「あなたが無事ってことは――キースとヒューイも?」
「いや、」エミリィが居心地悪げに左手の指をひらつかせる。「探しちゃみたがさっぱりだった」
「そう……」マリィが無念そうに言葉を畳み、慌てて口元へ手をやった。「……ごめんなさい! 訊いちゃいけなかった?」
「……遅ェよ」苦笑一つ、エミリィが婉曲な肯定を投げる。
「どっちで呼べばいい?」
端的に訊いたのはスカーフェイス。その一言がとどめとなったか、エミリィは天をあおぎつつ手を振った。
「シンシアでいいよ」自棄を通り越した声でエミリィが眼をスカーフェイスへ振り向ける。「シンシア・マクミラン。ご覧の通り、マリィの知り合いだ」
「また開き直ったな」
ロジャーの感嘆にひと睨みをくれて、エミリィ――シンシアは口を尖らせた。「オレだって好きで名乗ってんじゃねェ」
「いや、」ロジャーが小首を傾げつつ、「元の仕事に戻る気があるのかないのか、どっちかと思ってな」
ロジャーが言下に訊いているのは“トリプルA”との協力関係、その存続を望むか否か――それを理解できない彼女ではなかった。
「チャンスがありゃシャバへ戻るつもりじゃいたんだ」シンシアは一つ肩をすくめて、「ここらが潮時さ」
「ま、」ロジャーが“トリプルA”との約束に思いを馳せつつ、「いいさ、お前さんがそのつもりならな」
「ミス・ローランド、」ノックに応じて居室のドアを開けると、領事館スタッフの渋面がそこにあった。「領事がお呼びです。用件はもうお解りですね?」
導かれて、アンナは領事館1階奥の領事執務室へ。そこにはスタッフ以上に苦り切った領事の顔が待ち構えていた。
「どういうおつもりですかな?」
開口一番、表情に劣らず苦く低い声で領事は訊いた。顎を向けて壁の一角、大型モニタに映じられたネット・サイトを示す。
「お察しの通りですわ」
澄ました声でアンナが応じる。領事が示したのは“テセウス自由党”の公式サイト、その掲示板。惑星“テセウス”の自治独立を謳う同党が運営するそこに寄せられているのは、“テセウス解放戦線”が3大都市を制圧した事件を受けてのメッセージ――同調から誹謗、果ては脅迫までありとあらゆる反応だった。それ自体には何ら違法性もなく、また思想の自由を標榜する“惑星連邦”としては介入の必要もないものだが、領事が見咎めたのはそこにある意思表明の一つだった。
「正気の沙汰とも思えませんな」
書き込みにいわく――当社所属ジャーナリスト解放に際して、その実況の取材を申し込みたい。署名はアンナ・ローランド、“コスモポリタン・ニュース・ダイジェスト”地球本社記者。
「ジャーナリストを確実に解放させるための手です」
ごく短く答えたアンナに、領事は眼の端を釣り上げた。
「ゲリラの真っ只中に!」人差し指を、領事は執務机に突き立てた。「しかもわざわざ“地球人”を名乗って! それで乗り込むということですぞ! ことの深刻さを少しも解っておらん!」
「理解しているつもりです」アンナは昂然と領事を見返す。「ゲリラは民意を敵に回すわけにはいきません」
「ゲリラに良識を期待するわけですか」領事が鼻を鳴らして椅子に背を預けた。「能天気にもほどがある。強盗に礼儀を期待するようなものですぞ。万が一の場合はどうするおつもりですかな?」
「その時は“テセウス解放戦線”の不実を公にするまで。賭けにしては分のいい勝負ではありません?」
「我々には任せておけんと、そう言っているようにしか聞こえませんな」
領事が不機嫌も露わに腕を組む。
「まさか」まさか肯定するわけにもいかない。「お力になれるというだけのことです。第一、私はマリィ・ホワイト本人をよく知っております。偽物を掴まされる可能性がなくなるのは利点かと考えますわ」
領事が押し黙った。その沈黙の中にアンナは手応えを感じ取る。
「お断りなしに動いた点はお詫びします。ですが、お話ししていたら止められると思いましたので」
「今でもこうして止めている」領事が睨む。ただその視線は押しの強さを欠いていた。「ただ、止めて止まるお人ではないようだ」
「恐縮です」
「あなたの安全は保証できませんぞ」
「それも承知しています」
「その言葉、しかと胸に刻んでいただこう」言い置いて、領事は声を低めた。「先ほど、連絡が入りました。ゲリラから――“テセウス解放戦線”からです。あなたの身柄をよこせ、と。期日は2日後」