電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第6章 奪取
6-3.模索
「こちらへ」
兵が部屋の入り口のドアを開ける。促されて、マリィは歩を進めた。
マリィが連行されたのは、軌道エレヴェータ・ターミナルのホテル――その一室。
「あの、」閉まりかけたドアの向こうに、マリィが話しかける。「他の人達には会わせてもらえませんか? 友人がいるかも」
「私は、あなたをこの部屋にお連れして、護衛するよう命令されただけです」
“護衛”とはよく表現したものだが、その実は軟禁の監視役と言っていい。
しおらしく、マリィは兵に持ちかけてみた。
「せめて、連絡だけでも」「自分は権限を持ち合わせておりません」
「では、権限のある方は?」「ハドソン少佐です」
「ハドソン少佐に連絡は?」「少佐は多忙です。必要なときは本人から連絡があります」
「では、それまで何もできないと?」「そうお考え頂いて結構です。安全のためには」
兵の答えには取り付く島もない。
引き下がって、マリィは部屋へ。窓を覗くと街の風景――ところどころに煙がたなびく。
マリィは部屋の端末に“アレックス”を繋いだ。ニュースは“テセウス解放戦線”がシティを制圧したと伝えている。
アンナへコールを試みる――通信は遮断されていた。メッセージの送受信も同じこと。
シティが制圧されたからには、通信はもとより、電気・水道などのインフラストラクチュアも押さえられていて当然のこと。落胆はしないが、溜め息が洩れる。
マリィは窓を開けてみた。街中からは新たな爆音は聞こえてこない。眼下は壁面、高さにして30メートルばかり。安直にカーテンの類を伝って降りるには高さが過ぎる。
マリィは、デスク・チェアに腰を下ろした。顎に指を当て、部屋を眺める。
思案することしばし、マリィはドアを内側からノックした。一拍おいて、ドアを開ける。
「お願いが、あるんですけど」
兵が、当惑気味の顔を向けた。
「鎮痛剤か睡眠薬、いただけません? さっきから頭痛が……」
「お待ちください」兵は視線をマリィに据えたまま、高速言語で何やら呟いた――後にマリィへ言葉を向ける。「衛生兵を呼びましたが、いま取り込み中です。こちらも人員が足りません――しばらくご辛抱を」
兵に付け入る隙はなかった。マリィは礼を一言、部屋へ戻った。
次にキッチンを漁る。冷蔵庫にビールとワイン、それにブランディ。
ブランディとグラスを手に、再びドアをノックする。
「薬がないんじゃ仕方ありませんね」ドアを開けて兵に酒瓶を掲げてみせる。「これで何とかします。お相手、して下さらない?」
「うちの兵をからかうのは、そこまでにしていただけますかな」ドアの陰、横から声が飛んできた。そこにカレル・ハドソン少佐の姿。 マリィはそのまま部屋へ戻された。
後から部屋へ入ったのはハドソン少佐。その背後、“護衛兵”の敬礼が覗く。
ドアが閉じるのを待って、まずマリィが口を開いた。
「私を、どうなさるおつもりです?」
ハドソン少佐の表情が、わずかに硬い。
「どうも何もありません」部屋の中央、マリィに向き合った少佐が答える。「ただ保護しているだけです」
「では、安全なところで解放していただけると?」
マリィが小さく、油断のない笑みを見せる。ハドソン少佐は肩をすくめ、笑みに含まれた棘をやり過ごした。
「今はここ以外に安全を保証できる場所がありませんな。ご辛抱いただきたい」
「では、ここへは昔話のために?」マリィの視線が、わずかばかり険を帯びた。「彼の死は嘘だったと?」
「嘘ではありませんよ――少なくとも私にとっては」少佐の眼に嘘の影は見当たらない。「彼は死んだはずだった」
「でも彼は生きていました」
「私も意外だった――これは事実です」
「お話を疑う訳ではありませんが、」マリィの問う声が低くなる。「それでは彼は自分の意志で?」
「そういうことになります」
少佐は真正面からマリィに眼を据えていた。
「解りました。あなた方から姿を隠すために、と理解します」マリィは頷いた。「では、他にお話があるということですね?」
「その通り」今度は少佐が頷きを返した。「“惑星連邦”が声明を発表しましてね」
「?」言葉の意味を測りかねて、マリィは首を傾げた。
「ジャーナリストの保護を要求しています」少佐が掌を、当惑気味のマリィに向ける。「特にあなたを、名指しでね」
「私を?」
マリィは、自らへ細い指を向けた。
「そう。記者証はお持ちですな?」
普段のマリィは編集員だが、人手不足で取材に駆り出された経験も確かにあって、記者証を取得してはいる。マリィは問いかけに頷きを返した。
「ええ」
「それに、身に覚えも」
ないとは言えない――軌道エレヴェータからアンナにコールを送りはした――が、マリィは小さく首を振った。
「確かに、あなたはあの時あの場所にいた――通信記録も残っている」
ハドソン少佐の表情は、なお硬さを残していた。それが警戒の一種だったか、マリィには見当がつきかねた。
「近々、宇宙港へ向かうことになるでしょう」ハドソン少佐は踵を返した。「ご安心なさい。しばらくの辛抱です」
「“ジャーナリストを保護しろ”だ?」ロジャーが声を上げた。「まあ、当然といや当然の展開か」
“キャス”の伝えた“惑星連邦”安全保障省の声明は“民間人の安全を保障せよ”――こういう状況では、体制側の常套句ではある。連邦は今回、民間人の所在を確認するのにゲリラを巻き込もうとしていた。限定的、暫定的ながら具体的な名簿までが添えてある。その筆頭に、マリィ・ホワイトの名前があった。最終所在地――軌道エレヴェータ“ハミルトン”内。
「まあ、“爆弾”の押し付け合いってとこか」エミリィが鼻を鳴らす。
「民間人に危害を加えれば悪役、ってわけだ」ジャックが鼻を鳴らす。「逆に、それに対して釘を差せば善人ぶった顔ができる、と」
「で、次は“解放しろ”と来るだろうな」スカーフェイスが肘をつく。
「“まとめて引き渡せ”、だろうな」ロジャーが一本指を立てた。「頭数が揃うからな。なら、こっちも場所を特定できるってわけか」
「そうなりゃ連邦とゲリラが面を合わせるってことだ」ジャックがロジャーに眼を向ける。「引っ掻き回すにゃ都合がいい。違うか?」
「期待が膨らむねェ」ロジャーは頭の後ろで両手を組んだ。「しかしよ、囚われの姫君を救い出して――成功したとしてだ、それからどうする? 連邦からもゲリラからも追われるのが関の山だぜ」
「その時は、連邦もゲリラもそれどころじゃなくしてやるさ」言ったジャックが、クリスタルを軽く掲げる。「こいつでな」
「逆はないのか?」スカーフェイスが確認する。「連中を混乱させちまった方が動きやすくなるってことはないか?」
「ないな。彼女の身の安全が保証されん」ジャックは首を振った。「それに彼女は一躍有名ジャーナリストの仲間入りだ。彼女の手でこっちのデータを公開すれば、説得力も上がる」
「おーお、いいねェ」ロジャーが笑った。「けど、“引き渡し”の場所が配信局の近くじゃなきゃ意味ないぜ」
「大丈夫だろう」ジャックが頷く。「“引き渡し”の舞台はゲリラと連邦の勢力圏が隣り合う――多分、軌道エレヴェータだ。配信局も近い」
「問題はだぜ」エミリィが口を尖らせる。「どうやって辿り着くかだ。軌道エレヴェータにしろ、配信局にしろだ」
「それに、」とスカーフェイス。「どこでやるか、だな」