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電脳猟兵

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クリスタルの鍵

第6章 奪取

6-2.合流

 惑星“テセウス”地表から静止衛星軌道上、予備として運用されていた通信衛星へ向けて発せられた緊急通信がある。発信元は“シールズ・シティ”領事館、宛先は地球の“惑星連邦”行政総長。惑星行政府と軌道エレヴェータが“テセウス解放戦線”の制圧下にある状況下、通常の伝達ルートを大きく飛ばした通信は15億キロの距離を経て跳躍ゲート近傍に浮かぶ中継船へと届けられた。無人制御の中継船は通信に含まれた緊急コードに従って即座に跳躍、星系“ソル”に出現するや、すぐさま通信を光速で地球へと送り出す。



 閣議室のドアに重いノック。
 地球は欧州大陸、スイスに位置する“惑星連邦”行政府。マシュー・アレン行政総長は視線を音の源へ向けた。陪席していた次席補佐官が席を立つ。
 惑星“テセウス”の非常事態を受けた緊急閣議、外の人間にしても事態の重さを理解していないはずはない。相応の重みを持つ割り込みと見当をつけていたところへ、次席補佐官が戻ってきた。議長席のアレンへ直行した次席補佐官が耳打ちした内容は、果たして予想を裏切らなかった。
「諸君、」行政府の長として、アレンは重く宣した。「緊急に議論すべき案件だ。“テセウス”にいるジャーナリストから現地の領事館に申告があった」



 ロジャーはドアにノックをくれた。
「ヘイ、俺だ。ロジャーだ。開けてくれ」
 ジャックがドアを開けた。ケルベロスを構え――ロジャーの顔を認めて、銃口を下げる。
 “ウォレス・サルーン”、その一室。ドアをくぐったロジャーは部屋の奥、傷痕の男を見て低く口笛を吹いた。奥で拳銃P45コマンドーを構えていたその顔――やや細めの顔立ちに鋭い眼、焦茶色の髪と瞳――。
「お前、いつの間にクローンなんか育ててたんだ?」
「俺も驚いたさ」憔悴顔のジャックが背を向ける。
 傷痕の男が、気まずそうに左手を上げた。ロジャーが応じて左の掌を向ける。
「俺はロジャー・エドワーズ。あんたは?」
「名乗りたいとこだが……」傷痕の男がジャックへ眼を投げた。「こいつによるとどうも使っていい名前じゃないらしい」
「何だそりゃ?」
 怪訝な眼をロジャーがジャックに向ける。ジャックは端的に返して一言、
「事実だ」
 ロジャーはこめかみに指を当てつつ、
「それじゃどう呼びゃいいってんだ? まさか名無しで済ませるつもりじゃあるまいな?」
 一拍の間が空いた。二人でいる分には“俺”“お前”で済んでいたがために失念していた、というのが実際のところと言っていい。
「スカーフェイス」
「今考えたろ、今の今。しかも見た目まんまじゃねェか」
「当たり前だ。こいつの正体なんぞ俺も知らん」
 ロジャーの視界の端で、しかし当の傷痕の男――スカーフェイスにこだわる様子はない。確認の声を向けてみる。
「――いいのか?」
「構わんさ」肩をすくめてスカーフェイス。
「……ま、当の本人がいいなら止めやしねェけどよ」ロジャーがジャックに向き直る。いつになく舌の回りが鈍くなった。「……で、会わせたいヤツがいるんだが……」
 ロジャーの親指が示す先、部屋の入口に、エミリィ・マクファーソンが姿を見せた。
「お前……!」ジャックが絶句した。“ハミルトン・シティ”で爆死したものと思っていたのだから無理もない。「生きてたのか!?」
 エミリィはバツの悪そうな顔で頬を掻いた。
「俺が助けたんだ」ロジャーが出して助け舟。「何か聞き出せるかと思ってな。その……」
 聞かず、ジャックはエミリィの胸ぐらを引っ掴んだ。
「大した芝居だったな。見事に引っかかった。本当ならぶん殴ってやりたいとこだ」
 ジャックの眼が厳しさを増す。横流し組織への“逆襲”を始めたきっかけが、他ならぬエミリィの“登場”と“死”だっただけに、無理からぬところではあった。
「……済まねェ」珍しく、エミリィがしおらしくなった。「まあ、ぶん殴られても文句は言わねェよ」
 が、ジャックは口調を緩めない。
「それどころじゃない、巻き込まずに済んだヤツまで巻き込んじまった」
「“巻き込んだ“って――あの女か?」
 ロジャーは“カーク・シティ”郊外で出くわした、マリィの姿を思い出していた。
「ああ」
「で、今は?」
 ロジャーは部屋を見回した。もちろんマリィの姿はない。
「ゲリラに捕まってる」
「そいつのせい、ってのはどうかな」スカーフェイスが声を上げた。「お前とは関係なく、恐らく俺は“メルカート”に手を出してた」
 エミリィの視線がスカーフェイスに向いた。絶句の一語が、彼女の顔を覆った。
「こいつは……?」
「同類だとさ」ロジャーが説明する。「あの女――マリィに用がある」
「用があるってお前――どっちがどっちだよ、おい!」
 エミリィが声を荒げた。
「どっちもエリックじゃないさ」
 ジャックの頬に皮肉が乗る。エミリィがなおも詰め寄って、
「どういうことだよ!?」
「マリィを取り返してからと思ったがな――まあいい。あいつは死んだ」ジャックはスカーフェイスへ向き直る。「俺の眼の前で」
 スカーフェイスは眼を細めた。今度はエミリィがジャックに掴みかかる。
「じゃあ手前は何者だよ!?」
「ジャック・マーフィだ」ジャックは言い切った。「俺も一度は死んだ。それでいいだろう」
「納得いかねェな」
 エミリィが凄む。
「納得いかんのはこっちの方だ」ジャックはエミリィの胸元、掴み返した手に力を込めた。「ハドソンが俺に言った――ヤツの思い通りに俺が殺しをやってるってな」
「何だよ、オレがゲリラの手下じゃないかってのか?」手を振り払ったエミリィは鼻を鳴らした。「はン! だったらノコノコ出て来やしねェよ」
「じゃ、このクリスタルはどこで手に入れた?」
 ジャックは懐からデータ・クリスタルを取り出した――“ハミルトン・シティ”でエミリィに預けられた品。
「サラディンんとこから直接かっぱらったのさ。オレは“賢者の書斎”にいたからな」エミリィはジャックに指鉄砲を突き付けた。「第一、ハドソンのヤツの手下だったらそんな大層なもの手渡すかい。オリジナルの量子刻印付きだぜ? そんなブツ渡さなくたって組織の一部だけ、殺したいヤツだけ教えりゃ用は済む――違うか?」
 二拍近い間があった――ジャックは溜め息一つ、「確かにな、違いない」
 言って、ジャックは視線をエミリィから外しかけ――再び戻した。
「……てことは、お前もハドソンも、こいつの隠しデータのことは知らないってことか」
「隠しデータだ? ああ、カオスがキツくて……」エミリィが眉根を寄せた。「……っと待て! 読めたのか?」
「てことはだ、」ジャックが舌なめずり一つ、「こいつの価値は誰も知らないってことだ――使える、かもな」
「どういうことだ?」
 スカーフェイスが身を乗り出す。
「こいつのデータで、いろいろと吹っ飛ぶ連中がいるってことさ――横流しの連中だけじゃない、独立派ゲリラも連邦もだ」
「随分と大きく出たな」ロジャーの笑みに苦味が混じる。顔をエミリィへ向けて、「敵は惑星半分て話じゃなかったか?」
「こいつは“テセウス解放戦線”の関係者リストだ――当時の、だがな」ジャックはクリスタルを軽く掲げた。「ゲリラ連中だけじゃない。連邦の軍人はもちろん、政治屋や官僚の名前もある」
「で、だ」ロジャーが両の手を組んだ。「そいつを使って何をやる? 全部ぶちまけて、ゲリラ全員指名手配、ついでに一大スキャンダルでもぶち上げるのか? それとも連中に強請りでもかけるのか?」
「マリィを救い出す」
「うまく行くのか?」スカーフェイスが疑問を投げた。「まとめて消されるのがオチだろう」
「そいつを今考えてる」
「無視されて終わり、って可能性もあるぜ」
 ロジャーがソファの背、その頂きに肘をついた。
「話題性や説得力って点じゃ、報道関係からリークするのが一番だろ」と、エミリィがロジャーへ眼を向ける。「で、配信局から流すってのがベストなんだがな」
「ゲリラが押さえちまってるぜ、そりゃ」ロジャーが眉を寄せた。「取り引きにならねェ」
「じゃ、いい考えがあるのかよ」
「配信局へ殴り込みってお前、単に裏口から入るとかいう話じゃないんだぜ?」突っかかられたロジャーが疑問を返す。「何か騒ぎでも起こってくれりゃ……」
『お取り込み中悪いけど』部屋の安いオーディオ・システム、割って入って“キャス”の声。『話題の人、名前がネットに上がったわ。連邦政府の声明よ』
「連邦が?」



 

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