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電脳猟兵

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クリスタルの鍵

第10章 深層

10-4.決起

『――予定を変更して、ニュースをお伝えします。先ほど、軌道エレヴェータ“クライトン”より、“テセウス”情勢を巡る重大な情報が公表されました。これは“テセウス解放戦線”を始めとする独立派ゲリラが仕掛けた一連の独立運動を、“惑星連邦”首脳部と内通した上での行動としており……』
『……この情報を公開した人物は、“テセウス解放戦線”に拘束されていた1人、当社所属のマリィ・ホワイトを名乗っています。彼女の安否については当社も独自に確認中です。この人物は“テセウス解放戦線”のメンバ・リストを公表しただけでなく……』
『……一連の情報には、かつて独立派ゲリラ内部で作成されたとされるリストが含まれており、この中に“惑星連邦”の首脳部の名前が挙げられています。関係者の中には、マシュー・アレン行政総長の名前も挙がっており……』
『……“テセウス解放戦線”を率いる人物として“K.H.”なる名前が挙げられていますが、この人物については……は? いえ、少しお待ち下さい……ただ今情報が入りました。問題の“K.H.”なる人物が、現在放送波に乗せて演説を行なっているということです。この人物は先日陸軍第18師団を率いて、惑星“テセウス”で対ゲリラ掃討任務に当たっているキリル・ハーヴィック中将と見られており……』



『繰り返します』画面の中で、キリル・“フォックス”・ハーヴィック中将として知られる人物が断言した。『私が“K.H.”です』

〈キリル・ハーヴィック中将が?〉
 “ハンマ”中隊を率い、連絡通路を渡るオオシマ中尉の声が足を止めた。
〈中尉……〉
 キリシマ少尉の声に、少なからず動揺。
〈構うな〉オオシマ中尉が再び足を進める。〈ヴェイユ大佐に質せば判ることだ〉

『まず、断言します。先ほどの告発に――そう、あれは告発です。もちろん“惑星連邦”にとって。その告発に、我々は補足を加えねばなりません。
 ミス・ホワイトは、“テセウス解放戦線”と“惑星連邦”首脳部が陰謀の元に独立運動を展開していると指摘しました。その見方は正しくありません』

「何、なの?」
 マリィの濡れた瞳がジャックを見上げる。
「手応えありってとこか」腕に力を込めつつジャックはモニタ越し、ハーヴィック中将へ眼を注ぐ。「慌てて言い訳に出てくるなんざ、痛い所を衝かれた証拠だ」

『我々が同志を連邦首脳に送り込んだ、その結果に過ぎないのです。一連の独立運動は、我々の力が及ばなかったがために、武力闘争に突入し、制圧されていった――そういうことなのです。
 “惑星連邦”の人々にとっては重大な告発でありましょう。我らの同志――マシュー・アレンを始めとする同志は、連邦市民をだましたことになるわけですから。しかし、“テセウス”の市民の皆さん……』
 そこで、銃声が轟いた。

「!?」
 スピーカ越しの銃声に、マリィが身を硬くした。ジャックが絶句する。
 モニタの向こう、ハーヴィック中将の上体が前にのめった――カメラの視界を外れる。
「何!?」
 マリィが訊く。ジャックも答えを持ち合わせていなかった。
『裏切り者は断罪せねばならない』
 モニタの向こう側に、別の声。カメラが切り替わる。別の顔が、代わりに現れた。
『私はケヴィン・ヘンダーソン大佐である。ここに裏切り者の1人、その筆頭に立つ“K.H.”を処刑した』

 ヒューイの傍らに座り込むシンシアの背が、震えた。
〈大佐……!〉
〈知ってるのか?〉
 傍らのロジャーが訊く。
〈……ああ、知ってる〉半ば吐き出すように、シンシアが応じた。〈あの狸、何を考えてやがる……?〉

『“テセウス解放戦線”の同志諸君。闘争を継続せよ。裏切り者は、これを討て。私が新たな指導者となろう』
 オオシマ中尉を先頭に連絡通路を渡った“ハンマ”中隊の面々にも、動揺が走った。足が止まる。視野の隅、“サイモン・シティ”から放送波とネットワークを通じて流れる映像。その向こうからケヴィン・ヘンダーソン大佐が語りかける。
〈……何、だと?〉
 オオシマ中尉が、やっとの思いで胸中から声を絞り出した。その動揺へつけ入るように、ヘンダーソン大佐が言葉を紡ぐ。
『“惑星連邦”との密通? なるほど、連邦内部に我々を操り、偽りの旗のもとで決起せしめようとする動きがあったことは疑いない。大義のためには、断固としてこれを断罪せねばならない』
〈中尉、これは……〉
 キリシマ少尉が、やはり動揺を口の端に上らせた。
〈どういうことだ? 待て……〉頭を振って、オオシマ中尉は呟いた。思考の隅、引っかかった何物かへ意識を向ける。〈考えろ、何か変だ。考えろ……〉
『では誰を討つべきか? 答えは自ずと明らかだ。前線で血を流す同志を後方で眺めている、そういう連中だ。いみじくもミス・ホワイトが告発した幹部をこそ疑うがいい』
 ヘンダーソン大佐の声が続く。そこでオオシマ中尉が気付いた。出来すぎている――その直感。これではまるで、知っていながら放置していたようではないか、と。
『計画された内乱? しかし、その告発こそ謀略だ。考えてもみるがいい。これまで雌伏の時を耐え、前線で血を流してきた同志の心は虚構のものか? ――否。断じて否。紛れもなく本物だ』
〈惑わされるな〉決然と、オオシマ中尉は足を踏み出した。〈我々は我々だ。ヴェイユ大佐の真意は質す。だがそこからは我々が決断することだ〉

『すなわち――ミス・ホワイトの告発は、我々を陥れる罠だ。半ば真実、しかし半ば偽りだ。同志諸君、彼女を“サラディン・ファイル”とともに捕らえよ。その手には真実が握られていよう』
「……!」
 マリィが息を呑んだ。
「“キャス”!」マリィを抱き止めたまま、ジャックが命じる。「映せ――外の連中を!」
 ジャックの網膜に通路の映像。オオシマ中尉と思しき暗灰色の軽装甲スーツに率いられた“ハンマ”中隊が、軌道エレヴェータ管制中枢部、副管制室へ向かって歩を刻む。
 固唾を飲んで見守る、その行方。途中で管制室に押し入らない保証は、こうなってはないに等しい。
 そこへ、追い討ちをかけるようにヘンダーソン大佐の声。
『同志よ、私の下に集え。正しく力を集めれば、必ず大事は成る』
 先頭のオオシマ中尉が、地下へ通じる階段に足をかけた。続いて1人、2人、3人――。
『私が“惑星連邦”と結託している? その疑問はもっともだ。だが、私の真意は“テセウス”の独立にこそある――これから、それを証明してみせよう。準備が整うまで、しばし時間をいただこうか』
 そこで、“放送”はひとまず途切れた。記録映像のループ再生へ切り替わる。
 地下への階段を“ハンマ”中隊の面々が下りていく。
 ジャックは再びAR110A2へ手を伸ばした。その二の腕、しがみついたマリィの指が離れない。
「行かないで……」怯えた眼を上げる。「独りにしないで……」
 いずれにせよ、今の状態で押し込まれれれば、防ぎ切れるものではない。ジャックは唇を噛んだ。

「……謀っ……たな……」
 右手から呻き声。隣の管制卓に倒れ伏したハーヴィック中将が、顔を横へ向けていた。血の泡を吹きながら、ヘンダーソン大佐に怨嗟の声を投げる。
「……あの……命、令……書……」
「とんでもない」回線を切ったヘンダーソン大佐は、ハーヴィック中将に向けて肩をそびやかした。「あの命令書は本物でしたよ――“キリル・ハーヴィック中将を“テセウス解放戦線”指導者“K.H.”として任ずる”、ルーク・セレック大将の命令書です。そしてお見せした手紙もね。あの筆跡はあなたもよくご存知でしょう――マシュー・アレン行政総長」
「……最、初……から……」
「それを言えば最初がどこか、という話になりますな。前任者たる私、そのさらに前――長すぎる話だ」
 ハーヴィック中将は口を開いた。声を絞り出そうとして、しかし果たせず力尽きる。
「じき後を追うことになるでしょうな――アレンもセレック大将も。あの世で恨み言でも聞かせてやるがよろしかろう」
 ヘンダーソン大佐は、動かなくなったハーヴィック中将に呼びかけるでもなしに呟いた。それから管制卓へ向き直り、回線を無差別に解放すると、短い暗号を乗せた。
「宇宙軍第3艦隊、および第6艦隊に告ぐ。惑星“テセウス”における浄化作戦はこれより第4段階へ移行する。“モードR”、“コードA”。繰り返す、“モードR”、“コードA”」

 戦闘指揮所の出入口、隔壁が不意に開いた。
「何事か!?」
 見咎めた艦隊司令ウォルコット大将が声を上げた。その眼に、ライアット・ガンRSG99バイソンを構えて飛び込む陸戦隊員2人の姿が映る。
 宇宙港“サイモン”近傍に展開する宇宙軍第6艦隊――旗艦たる宇宙空母“ゴダード”、その中枢ともいうべき戦闘指揮所。機密情報の溢れるここは通常運用時でさえ立ち入りに厳しい制限が設けられている。ましてや現在は臨戦態勢下、警備に立つ陸戦隊員の出入りがあっていい状況ではない。
〈動くな!〉
 声はウォルコット大将の傍らから上がった――参謀長マッケイ大佐。ウォルコット大将が振り返る、その隙に滑り入った陸戦隊員がRSG99を突き付けた。
〈司令!〉
 参謀副長オルブライト中佐が動く。そこへもう1人の陸戦隊員が発砲した。上体に軟体弾を受け、中佐は床に撃ち倒された。
〈動くなと言っている!〉
 マッケイ大佐の一喝が響く。室内の動きが止まった。
〈何のつもりだ、参謀長?〉
 ウォルコット大将が声を低めて訊いた。
〈これより本艦隊は我々の指揮下に入ります、閣下〉
 “司令”ではない呼びように、含みを感じたウォルコット大将が問いを重ねる。
〈“我々”?〉
〈“テセウス解放戦線”です。大人しくして下さればよし、さもなくば――〉マッケイ大佐は、床に転がった参謀副長を顎で示した。〈力づくでねじ伏せるまで。さて、手を上げていただきましょうか〉
 ウォルコット大将が、ゆっくりと両の手を掲げた。
〈ここを押さえただけで勝ったつもりか?〉
〈ご心配いただいて恐縮です、閣下〉マッケイ大佐は眼だけで頷いてみせた。〈それだけ申し上げれば足りるでしょう〉
 この光景は、戦闘指揮所に留まらなかった。“ゴダード”の各所で陸戦隊が、あるいは乗組員が、果ては整備士や操縦士に至るまでが、ライアット・ガンを構え、あるいは相手を組み伏せ、あるいは拳銃を抜いて、同僚だった者たちを制圧していく。防ぐ側は誰が味方か、もちろん何が起こっているのかも理解できないまま、ほぼ一方的な制圧に甘んじる結果となった。
 他にも電子戦艦“トーヴァルズ”、また“ガーランド”、“ブラウニング”を始めとする宇宙巡洋艦、“リトナー”、“アジャーニ”、“オスワルド”他のスペース・フリゲート、さらには掃宙艇までもが同様の混乱に陥った。
 さらには宇宙港“クライトン”近傍に展開する宇宙軍第3艦隊も。旗艦“オーベルト”以下、やはり全艦艇において制圧は展開された。
 惑星“テセウス”上空の宇宙艦隊は、やがて沈黙の中へと落ちた。



 

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