電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第10章 深層
10-3.停戦
〈待て、ちょっと待て!〉
オオシマ中尉は耳を疑った。ヘリポートに降機して、旅客ターミナル・ビル入り口へ取り付いた“クロー・アルファ”と“ブラヴォ”両班へ左手をかざす。
「“ジュディ”、データ検証!」
ナヴィゲータに、配信されているデータの検証を命じる――その声がつい通常言語を使っていた。
ただならぬ名を聞いた。陸軍第3軍司令ルーク・セレック大将、安全保障長官パウル・ヴァイス、そして何より連邦行政総長マシュー・アレン――敵の筆頭に上がるべき名前ではなかったか。
〈オリジナル・データを直に公開してます〉“ジュディ”から、期待に反した答えが返ってきた。〈オリジナルの量子刻印が確認できます。ベン・サラディンの直筆サインも添えられてます〉
〈……戦闘停止!〉
〈は?〉
“クロー・ハンマ”を率いるキリシマ少尉が問い返した
〈戦闘停止だ!〉オオシマ中尉が命じた。〈ことは我々の存在意義に関わる! “ハンマ”中隊、戦闘停止!!〉
銃撃が止んだ。
連絡通路の軌道エレヴェータ側から、ロジャーが牽制の弾丸を流し撃ち――すかさず返ってくる応射を予想して銃を引く。
――間。銃口を再び覗かせる。相手の側に覗き見えるはずの銃口が、ない。
〈……止んだ?〉
隣、シンシアを眼を合わせる。
〈効いた、のか?〉
管制室前、ギャラガー軍曹が手を止めた。
〈軍曹殿……!〉
傍らで突撃銃を構えるマルケス兵長から硬い声。ギャラガー軍曹は唾を一つ呑み込んで、
〈“ハンマ・ヘッド”へ、こちら“ハンマ・タップ”。ハドソン少佐がやられました〉
〈こちら“ハンマ・ヘッド”、〉返るオオシマ中尉の声も硬い。〈こちらでも確認した。戦闘を停止。繰り返す、戦闘を停止しろ〉
〈ですが……!〉
〈これまでの価値観が覆りかねん事態だ! 無駄に命を危険に晒すな。これは厳命だ!〉
〈……は……ッ!〉
『さらに、彼らと共謀している“テセウス解放戦線”首脳部の名前を挙げましょう』マリィの告発が続く。『陸軍第3軍第1師団オーギュスト・ルジャンドル少将、同第11旅団長ロベール・ヴェイユ大佐、同第2師団第21旅団長ステファン・ルイス大佐、同第3師団第31旅団長ケヴィン・ヘンダーソン大佐、同第32旅団長ジョエル・コバーン大佐』
〈……何てこった!〉オオシマ中尉は、激発した感情を床へ叩き付けた。〈“ジュディ”、流れているデータにヴェイユ大佐の名前は?〉
〈載ってます。今のところ、配信されている情報の信憑性は極めて高いと結論できます〉
ということは、主要都市制圧作戦の指揮官が、揃いも揃って“惑星連邦”首脳部と結託していたことになる。例えば、眼と鼻の先にある作戦司令室、“クライトン・シティ”制圧作戦の指揮を執っているロベール・ヴェイユ大佐。彼も“惑星連邦”政府の手先だという。
『そして“テセウス解放戦線”最高指導者、“K.H.”』マリィが糾弾の言葉を紡ぐ。『彼は“惑星連邦”要人たちと結託し、同志を偽って独立運動を展開してきたのです。彼の本名は記されていません。しかし、最高指導者自らが、敵としてきた相手と結託していた――その事実をもってすれば、“テセウス解放戦線”の存在意義に重大な疑問を差し挟まざるを得ません』
〈“アルゲス・ヘッド”へ、こちら“ハンマ・ヘッド”。応答されたし〉
オオシマ中尉は作戦司令室を呼び出す――応答なし。オオシマ中尉は繰り返した。
〈“アルゲス・ヘッド”へ、こちら“ハンマ・ヘッド”。応答せよ!〉
やはり応答はなかった。
〈中尉……!〉
傍ら、キリシマ少尉の声に感情が覗く。この沈黙が意味するのは司令部の混乱――マリィ・ホワイトの“放送”に対する肯定にも等しい。
『繰り返します。“惑星連邦”軍の皆さん、“テセウス解放戦線”の皆さん、全ての戦闘を即座に停止して下さい。殺し合う意味は、全くありません。
事実が究明されることを、切に願います。私からのお話は以上です。ご清聴、ありがとうございました』
『ジャック・マーフィとその一党に告ぐ!』
構内回線、天井のスピーカにオオシマ中尉の通常言語。管制室、ジャックは銃口を入り口に擬したまま、わずかに殺気を帯びたその声を聞いた。
〈呼んでるわよ〉
“キャス”がむしろ呑気に告げた。
『繰り返す、ジャック・マーフィとその一党に告ぐ! こちら“ハンマ”中隊指揮官代理アラン・オオシマ中尉! 貴公らに対する戦意はない。繰り返す、貴公らに対する戦意はない! 戦闘を停止して、我々を通過させられたし。我々は副管制室、ロベール・ヴェイユ大佐に用がある! 返答をチャンネルC095にて待つ。応答されたい』
ジャックは、唇の端を舌で湿した。
〈ジャック、ロジャーからコールよ〉
“キャス”が普通にコールを取り次ぐ。妨害波が止まった今となっては当然のこと――それを理性では解りもするが、感覚がまだ付いていかない。ともあれ、拒む理由があるはずもなかった。
〈繋げ〉
〈よォジャック、やっこさん達からの銃撃が止んだ。さっきのといい、これで打ち止めだと思っていいのか?〉
これで“テセウス解放戦線”の活動意義は潰えた――そのはずではある。なら、前線部隊が司令部の面々を吊るし上げる、その現象は自然な成り行きのはずだった。第一、戦意があるなら実力をもってまかり通ればことは済む。
〈例の会議室まで後退してくれ。ヒューイを護りつつ待機だ〉
〈ヒューイ?〉ロジャーが当然の疑問を口に上らせる。背後のシンシアが耳打ちする、その分だけ間が空いた。〈……ああ、あいつのことか。了解。お姫様によろしく伝えてくれ。決まってたってな〉
〈“キャス”、通路の監視映像をこっちへ回せ〉ジャックは手近の管制卓へ取り付いた。〈それから、チャンネルC095へコール〉
それでも銃口を入り口、その向こうに控えているはずのゲリラへ向けたままで、ジャックはオオシマ中尉への回線を開いた。
〈OK、繋がったわよ〉
「アラン・オオシマ中尉へ、こちらジャック・マーフィ。聞こえるか」
『こちらアラン・オオシマ中尉。感度良好』答える声に、確かに殺意はなかった。『応答に感謝する』
「しばらく待たれたい。こちらの準備が整い次第、通過を認める」
『対応に感謝する。どの程度待てばいい?』
「2、3分というところだ。その代わりと言っては何だが、頼みたいことがある」
『……聞こう』
オオシマ中尉の怪訝な表情が声に乗った。
「衛生兵を回して欲しい。死にかけてる人間がいる――どっちの側にも」
『了解した』懸念が解けた、と声に表情。『手配する。どのみち副管制室へ赴かんことには始まらん』
「了解した。しばらく待たれたい」
ようやく息を吐く。主任用ブースへ退き、中のマリィへ眼を投げた。放心したように、シートに背をもたせかけるマリィの姿。ふとこちらを向いた深緑色の瞳と眼が合う。
「どうだった?」問うマリィに震えて声。
「上出来だ。ロジャーのヤツも褒めてた」
「そう……」言ってから、マリィはうつむいた。両の腕を自分で抱える。「やだ……今さら、震えが、来ちゃった……」
ジャックはマリィの肩に左手を置いた。小刻みな震えが、掌に伝わる。言い聞かせるように、細い肩を左腕で抱きかかえる。
「よくやった。もう大丈夫だ」
「怖かった……」問わず語りに、マリィが言葉をこぼす。「怖かったの……ハドソン少佐はああ言ってたけど、謀殺とか、戦争とか……それに眼の前で殺し合いが始まって……」
ジャックがマリィの肩を抱く、その左腕に力を込めた。マリィの瞳から涙が溢れ出す。
「アンナも人質に取られちゃうし、このまま連邦に戻っても、殺されちゃうっていうし……何なの? 私が、何したっていうの?」
「終わったんだ、もう」
「ほんとに終わったの?」マリィが濡れた眼を上げた。「もう心配しなくていいの? 何が何だか、もう解らなくて、心細くて、もう……」
ジャックがマリィの細身を抱きすくめた。
「もう大丈夫だ。心配ない」
ジャックの懐で、嗚咽が洩れた。彼の胸に指を立て、マリィが顔を埋める。堰が切れた。むしゃぶりつき、子供のように震える身を預けて、マリィが子供のように泣きしきる。溢れて涙、途切れ途切れに涙声。しゃくり上げ、むせびながら、マリィはひたすらに泣きはらす。
「……怖かったの……」
〈ジャック、いいとこ悪いけど、ロジャーからよ〉
“キャス”がロジャーのコールを取り次いだ。
〈繋げ〉
〈OK、会議室まで引き返した〉マリィの嗚咽を聞いたらしいロジャーに、半拍ほどの間。それから、〈表の連中を通してくれ。それからヒューイのやつに衛生兵を回すように伝えてくれるか〉
〈判った。“キャス”、チャンネルC095だ〉
〈OK、いいわよ〉
「オオシマ中尉、こちらマーフィ。聞こえるか?」
『こちらオオシマ中尉、聞こえてる』
「準備ができた。会議室に負傷した仲間がいる。手を出すな」
『了解。感謝する』
〈ジャック、衛星回線!〉“キャス”が割り込んだ。〈“サイモン・シティ”が妨害波を解いたみたい。あっちでも“放送”が始まったわ!〉
“キャス”がジャックの網膜に、“サイモン・シティ”からの“放送”を映し出す。
『惑星“テセウス”の皆さん』痩身の、しかしたくましさを感じさせる男がカメラを見据えていた。『私はキリル・ハーヴィック中将です。軌道エレヴェータ“サイモン”からお話ししています』
ジャックが管制卓へ手を伸ばした。モニタの片隅に映像回線、ハーヴィック中将のバスト・アップが映る。マリィが、恐らくはことの成り行きを掴めないままに顔を上げた。
『皆さんにお話しすべきことがあります――先ほど、ミス・マリィ・ホワイトにご紹介いただいた“K.H.”として』