電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第9章 対決
9-8.突破
〈“ウォー・ハンマ”各班へ、こちら“ハンマ・ヘッド”! 軌道エレヴェータに到着次第、小隊単位で防衛態勢! 防衛対象は“アルファ”、“ブラヴォ”が作戦司令室、“チャーリィ”、“デルタ”がヘリポート、“エコー”、“フォックストロット”が旅客ターミナルとする!〉装甲戦闘指揮車AT-12Cシャイアン・コマンダから、ハドソン少佐が指示を飛ばす。〈中隊本部は作戦司令室に置く。各分隊、中隊本部との有線回線を常時確保。“フック2”からの情報次第では配置変更もあり得る。留意せよ!〉
一拍置いて、ハドソン少佐は付け加えた。
〈敵は2個小隊を相手に突破してきた猛者だ。気を抜くな!〉
旅客ターミナルを迂回して、装甲兵員輸送車AT-12シャイアンの一群は軌道エレヴェータ基部へ乗り付けた。
シャイアンの後部ハッチが開いてスロープを成す。暗灰色の軽装甲スーツをまとった“ウォー・ハンマ”小隊の面々が軌道エレヴェータへ駆け入った。ハドソン少佐ら中隊本部の面々も例外ではなく、作戦司令室――軌道エレヴェータ副管制室を目指して走り出す。
〈“シーフ”の機体は?〉
空港を離陸したアルバトロス“フック2”の機上、操縦室へ顔を出したオオシマ中尉が訊いた。副操縦士がコンソールへ指を向ける。頷いて、オオシマ中尉はナヴィゲータ“ジュディ”からのケーブルを繋いだ。
〈方位035、空港常駐の救急機が飛んでます。これでしょう〉
副操縦士が解説する。
〈確認しました。航法灯も点けてませんし、まず当たりですね〉
“ジュディ”がオオシマ中尉の視界に赤外線パッシヴ・サーチ画像、その解析結果を重ねて乗せる――UV-181Rスワロゥ、救急仕様機。
〈追い付けるか?〉訊いてオオシマ中尉。
〈この距離では、ちょっと。向こうも全速で飛んでますんでね〉
歯に衣着せず、機長が応じた。構わず、オオシマ中尉は顎をこすった。
〈どのみち連中が目指すのは軌道エレヴェータだ〉舌なめずり一つ、オオシマ中尉が考える。〈アクティヴ・サーチを打ってやれ〉
〈敵にこっちの位置を知らせることになりますよ?〉
〈どうせこっちのことは向こうに知れてる〉副操縦士へ、オオシマ中尉は眼を合わせた。〈足が鈍るとも思わん。せいぜい追い立ててやれ〉
「じき軌道エレヴェータだ」
航行灯を全て消し、宵闇に紛れて飛ぶ救急仕様のUV-181Rスワロゥ、その操縦席からジャックが告げた。
「着陸したら、イリーナとアンナは降りてすぐのところで待ってろ」
「どういうこと?」
貨物室、付き添い用の簡易シートからアンナが訊く。ジャックの向こう、風防からの視界を軌道エレヴェータのイルミネーションが覆っていた。
「恐らく敵が待ち構えてる」ジャックは計器から眼を離さない。「戦闘が始まったら、護ってやれる余裕はない」
「私を人質に使ったら?」
「時間がかかりすぎる」一蹴。「敵が守りを固めて、それで終わりだ」
『アクティヴ・サーチ!』
“キャス”が、機内スピーカから告げた。ジャックの視界にセンサから情報を重ねる――後方、方位215。推定機種UV-88アルバトロス。距離2キロ。
〈来たか〉
ジャックは独りごちた。頭の中で残り時間と速度差を考え合わせる。
〈追い付かれる心配は?〉
計器を見られないロジャーが訊く。
〈ない。が……〉
ジャックの答えに苦味が混じる。
〈が?〉
〈追い討ち確定だ〉
前面に軌道エレヴェータの守備隊を相手どって、背後に追跡の部隊を抱える――典型的な挟撃のパターンが頭に浮かぶ。
〈ま、覚悟はしてたがな。最初の一撃が勝負だ。肚くくって突破するぞ〉
「私達は?」訊いてアンナ。
「ドンパチの中を引っ張り回せるか」ジャックが断じる。「とにかく軌道エレヴェータに入るまでが最初の勝負だ。そのあとは適当な部屋に隠れてろ」
〈“シーフ”、進入コースに乗り……ん?〉
歯切れの悪い報告が、電子戦担当のギャラガー軍曹から上がった。
軌道エレヴェータ副管制室を転用した作戦司令室。入り口をくぐったばかりのハドソン少佐は片眉を跳ね上げた。
〈何だ?〉
〈“シーフ”が高度を下げて接近中!〉ギャラガー軍曹が振り返る。〈減速が足りません。このままでは――突っ込みます!〉
〈どこだ!?〉
ギャラガー軍曹の眼前、モニタにスワロゥの予測軌道が描かれる。軌道エレヴェータの高々度観測点が捉えたスワロゥの現状は、通常の垂直着陸を行うにしては高度が低く、速度も高い。このまま行けば、行き着く先は――、
〈旅客ターミナルです!〉
〈“ウォー・エコー”と“フォックストロット”、こちら“ハンマ・ヘッド”!〉ハドソン少佐はマイク越し、有線回線へ呼びかけた。〈敵が来るぞ、カミカゼだ!〉
星空の下、軽装甲ヘルメットの捉える機影がワイア・フレームとなって視界に重なった。
軌道エレヴェータ旅客ターミナル入り口。“ウォー・エコー”の守備するそこから見えるスワロゥの姿は――それこそ“ハンマ・ヘッド”の告げる通り、見る間に眼前へと迫ってきた。
〈後退!〉
“エコー”班長を兼ねる第3分隊長が命じる。突入してくる大質量に対して、ライフル弾ごときをいくら撃ち込んだところで気休めにもならない。ターミナル・ビル外、植え込みに伏せていた“エコー”と“フォックストロット”両班は、ビル内へ後退というより退避した。到着ロビィ、奥まった受付カウンタへ。
ビルの透明壁材越し、スワロゥの白い機体が照明に浮かび上がる――なり、轟音が聴覚を圧した。機体はビル手前のロータリィに接触、勢いそのまま滑り込んで外壁を突き破る。可視光コーティングされた透明壁材の破片が舞い、空中に虹色の煌きを散らす。機首を潰し、主翼をひしげて機体はなお進み、散った隊員たちを追い越し、ロビィを突っ切って奥、受付カウンタを薙ぎ倒したところで停止した。削られた床材と飛び散った壁材が機体を覆う。
射撃の命令を下しかけ――その直前に重い音。
〈?〉
音の正体を記憶に確かめる、その前に銃声が響いた――機内から。
〈撃て!〉
応射の指示が飛ぶ。その声を圧して破裂音。文字通り爆発的に、白煙が膨れ上がった。霞んだ視界が、さらに白く上塗りされていく。
軽装甲ヘルメットに内蔵された酸素ボンベが作動する。
「行くぞ!」
着地前に開いておいたスライド・ハッチから、ジャックは床へと飛び降りた。足元には撃ち抜いた消火器、周囲は消火剤の白い闇。スカーフェイスが後に続く。さらにイリーナとアンナ――2人は携帯酸素マスクで口を覆い、ロジャーに守られてスワロゥを後にする。
手荷物受取所と到着審査カウンタを抜け、軌道エレヴェータ本体への連絡通路へ。消火剤の煙が薄れる中、5人は音を潜めて駆け抜ける。
「そこで隠れてろ! 後で迎えに行く!」
旅客到着ロビィ、ジャックは片隅の売店ブースへ指を向けた。有無を言わせずにイリーナとアンナを残し、ジャックとスカーフェイスは通用口――スタッフ専用通路へ飛び込む。
「悪ィな」
ロジャーがアンナにウィンクを飛ばした。渋々ながらアンナが売店ブースへと足を向けた。イリーナが見張るように後を追う。
〈“キャス”、どうだ?〉
スタッフ用通用口の横、壁の端末へ“キャス”を繋いでジャックが訊く。
〈ここのネットワーク、生きてるわね。再起動したかしら〉
〈ならこっちの位置はバレたか〉
〈時間の問題ね。何もしなきゃの話だけど〉
〈やれるか?〉
〈誰に訊いてんのよ?〉
〈潰すなよ〉
〈解ってるわよ。面倒臭いったら〉
“キャス”が軌道エレヴェータの警備ネットワークへ侵入を試みる。と、すかさず反撃が飛んできた。自壊型ウィルスが逆侵入。“キャス”は仮想人格を囮に使って難を逃れた。
〈……! あーもう、余計なところでホネあるんだから〉“キャス”は舌打ちめいた独語を高速言語に乗せた。〈ジャック! 例の端末、私に繋いで!〉
〈いいのか?〉
〈いいから早く!〉
ジャックが懐、“スレッジ・チャーリィ”から奪った端末を“キャス”へと繋ぐ。すかさず、中身のナヴィゲータが作戦司令部へ警告を飛ばした。端末の接続された位置と、主がやられた事実を携え、警備ネットワークを辿って、作戦司令室へ。
警報が届いた――作戦司令室の警備システムへ。
〈“スレッジ・チャーリィ”からです!〉ギャラガー軍曹が背後のハドソン少佐へ告げる。〈“チャーリィ2”のナヴィゲータが警告を出してます! 位置はターミナル・ビル内――これは!?〉
眼前、モニタに表示――“チャーリィ2”のナヴィゲータが送ってよこした敵の位置。到着ロビィ、出発ロビィはもとより、手荷物受取所、出発審査カウンタ……手当たり次第といった勢いで反応が現れた。
“キャス”は“チャーリィ2”のナヴィゲータが辿った経路をトレスして警備ホストへ侵入した。現在位置、すなわちネットワークに接続した端末位置を通報されるのは想定済み。代わりに端末やセンサに片っ端から“敵発見”のデータを与えて紛らせる。敵のナヴィゲータが侵入を検知はしても、厄介な自滅トラップで警備ネットワークごと破壊には来るまいとソロバンは弾いてある――果たして目算は的中した。次回のための侵入ルートを確保して、“キャス”は早々に引き上げた。
〈撹乱成功! 今のうちよ〉
“キャス”からの声を待ちかねたジャックがケーブルを引き抜き、扉を開ける。“キャス”が視覚の隅へ映してビルの構造図。
スタッフ用通路に入って右へ折れる。旅客ターミナル・ビルを抜け、軌道エレヴェータ本体へ。
〈“シーフ”の撹乱だ。乗せられるな!〉
“敵”を示す赤いマーカで埋められたモニタ、眼にしたハドソン少佐は冷静に斬って捨てた。
〈“チャーリィ”、“デルタ”、“エコー”、“フォックストロット”各班へ。こちら“ハンマ・ヘッド”、〉有線回線を通じて、少佐は指示を下した。〈作戦司令室へ集結――以上!〉
告げて、ハドソン少佐はコネクタを引き抜いた。懐の携帯端末へケーブルを戻す。
〈どちらへ?〉
見上げて訊いたギャラガー軍曹に、軽装甲ヘルメットをかぶりながら少佐が返す。
〈表へ出るだけだ。回線は維持する。状況報告は随時上げろ〉
〈は〉
ドア一つ隔てて通路、ハドソン少佐は声を上げた。
〈“シーフ”が来るぞ。表の連中が戻るまで保ちこたえろ!〉
言いつつ、少佐は壁の端子へケーブルを繋いだ。