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電脳猟兵

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クリスタルの鍵

第8章 衝突

8-8.撃発

 母恒星“カイロス”が地平線の彼方へと落ちていく――。
 “クライトン・シティ”東郊外。陽光の残滓を引きずって、幹線道を走る軍用トラックが1台。シティを包囲する“惑星連邦”軍陣地へ差し掛かる、そのヘッド・ライトが道路封鎖のブロックを照らした。歩哨がその側で右腕を振る。
 トラックは速度を落とし、運転席から野戦服の男が顔を出す――ジャックだった。
「病院から戻った。帰隊する」
「IDを」
 ジャックがカードを差し出す。衛兵が受け取り、懐から出した読み取り機に通す――ドミニク・クレイグ軍曹、整備大隊所属。義眼の整備のために一時離隊中、とある。
 衛兵は“クレイグ軍曹”へと眼を向けた。この時間帯にサングラス、それを当然とばかりに見返す顔がある。
「OK、どうぞ」
 衛兵がカードを抜き取り、“クレイグ軍曹”へ返した。
 受け取るとブロックを迂回し、ジャックはトラックを陣地内へ乗り入れる。
〈“キャス”、首尾は?〉
〈上々。さっきのはサミュエル・ウィルキンス2等兵――いい近道ができたわ〉
 軍の内部に侵入の拠点を持てれば、情報戦のハードルが低くなる道理。“キャス”の声に弾みがつく。
〈“整備”の口実でっち上げるから、そのまま走って〉
 陣地前方、整備大隊の“戦場”へトラックを向ける。停めたのは機動戦車第2中隊、その一端。第2種警戒態勢下、交代で兵員が休息中であるはずの1輌、機動戦車MT-3ダリウスへ近付き、昇降ハッチ横の端子へ“キャス”を繋ぐ――口実は“戦闘情報データ・リンク・セキュリティの更新”。
 瞬間のやり取りを交わして、“キャス”が機動戦車にハッチを開けさせた。潜り込み、ジャックは操縦席のコンソールへ改めて“キャス”を接続。
 準戦闘態勢にあるのを確認後、かねて用意の戦闘プログラムを流し込む――まず操縦系、次いで火器管制系へ。済ませるとハッチを小さく開け、ジャックは周囲を窺った――異状なし。人眼を避けて外へ出ると、次の1輌にとりかかる。
 そうして戦闘プログラムを仕込んだのは3輌、ジャックは何食わぬ顔でトラックへ戻り、荷台へ上がる。
 スカーフェイスがそこにいた。頷き一つで首尾を伝え、左腕の時計――プレシジョンAM-35へ眼を落とす。1853時。積んであるFSX989に手をかける。
〈OK、始めるぞ〉
〈オーライ〉
 “キャス”が暗号をデータ・リンクへ流し込む――“シティのダーク・サイドに敵意あり”。直後、機動戦車のエンジンが幌の向こうで咆哮を上げた。
 そこここで怪訝の声が持ち上がる。それを嘲笑うかのように、機動戦車3輌1個小隊が前進を始めた。
 誰何の声。制止の動き。払いのけて機動戦車が速度を上げる。身体を張ろうとする整備員の脇を軽く避け、戦闘態勢下の僚機をすり抜け、最前面へと躍り出る。
〈何だ、何があった!?〉〈判りません! ダリウスが……〉〈どこの馬鹿だ!?〉
 困惑の声と怒号が飛び交う。それを尻目にかけもせず、3輌のダリウスは“クライトン・シティ”へ突進する。
 データ・リンクに制止の動き。虚実取り混ぜた挑発合戦の只中、統制を外れた動きは“負け”にも等しい。が、ダリウスは帰還、停止、いずれの命令も受け付けない。どころか、小刻みに速度ヴェクトルを変え始めた――戦闘機動。
 ダリウスが火器管制センサから放ってアクティヴ・サーチ。レーダ波、超音波、赤外線など、火器照準に必要な波形を片っ端から放出し、敵の位置を積極的に掴みにかかる。敵意の放出――これが“クライトン・シティ”に布陣する“テセウス解放戦線”にも伝わらないはずがない。
〈馬鹿やめろ! 気でも狂ったか!?〉
 制止の声が交信に乗る。それを無視するように戦闘情報がデータ・リンクを駆け抜ける。目標補足5、ロック・オン――発射。
 暗闇の中に炎の柱が立ち上がる――対地ミサイルSSM-144アルバレストの噴射炎。それが2つに、4つになり、さらに数を増していく。
〈畜生! 射ちやがった!!〉

〈花火が上がったわよ〉
〈よし、出番だ〉
 告げて、ジャックはFSX989のエンジンに火を入れた。野戦服はすでに脱ぎ捨ててある。軽装甲スーツに身を包み、頭には軽装甲ヘルメット、突撃銃を担ぎ、ロケット砲を携えて、フロート・バイクにまたがる。
 スカーフェイスも同様、軽装甲スーツに身を固めていた。頷き一つ交わして、トラックの荷台から飛び出す。鉢合わせしかけた整備兵をかわして車体をターン、無灯火のまま最前線へと舵を切る。
〈戦場の北を迂回するぞ〉
〈解った〉
 ジャックの宣言に、スカーフェイスも応じた。スロットルを開け、臨戦待機中の機動戦車の群れをかいくぐる。
〈OK〉
 ロジャーからも返事が飛んで来る。“ネイ”が合流予定地点を示してよこした。それを“キャス”が視界he映す。

 トップ・アタック・モードで上空へ駆け上がったアルバレストは、高い弧を描いて目標へ向き直り、装甲の薄い上面から襲いかかる。
 ミサイルの矛先に機動戦車MT-3ダリウス、回避機動に入ったそれは、囮ユニットを放出し、ミサイルの眼を欺きにかかる。
 放出された囮ユニットに引き付けられたアルバレストが1発、2発――追いつかず、1発がダリウスの上面装甲に突き立った。
 爆炎が上がる。それが2輌、3輌――。
〈……やっちまった……〉
 呆けたような声が、所在なげに“惑星連邦”軍のデータ・リンクを漂う。文字通りに間の抜けた時間が、流れて過ぎた。
 遠く、重く、衝撃波。それが続き、連なる。
〈戦闘態勢ッ!〉
 “テセウス解放戦線”側、陣地後方からの射撃音。甲高い音を曳いて、頭上から榴弾が降ってくる。
 たて続けに火柱、うち一つが装甲兵員輸送車AT-9アルマジロを捕えた。装甲が爆圧と破片を弾き返す。
〈行け! 行け! 行け!!〉
 厳戒の緊張が音を立てて弾け飛んだ。睨み合いから戦闘へと、事態がなだれ込んでいく。

 背後に着弾、爆発。動き出したダリウスのすぐ脇、155ミリ榴弾が爆炎と破片を撒き散らす。
 その光景を急ぎ背後へ押しやって、2台のFSX989が最前線――その端を目指して疾駆する。眼前には先陣を切ったダリウス1個中隊。“キャス”が覗き見たデータ・リンクによれば、“テセウス解放戦線”の先鋒もこちらを目指して突出しつつある。
 ジャックはフロート・バイクに積んだ衛星レーザ通信機を作動させる。使ったのは広報部隊から盗んだ暗号キィ、狙う先は“テセウス解放戦線”、軌道エレヴェータの衛星高度部分に備えられた通信モジュール。
 ゲリラ同志での通信手段は確保しておくはず――その読みは、果たして的を射た。事前の打ち合わせに従って、スカーフェイスとロジャーがデータ・リンクを張った、その事実を確かめる。
〈よし、〉ジャックは軽装甲ヘルメットと一体化したマスクの下で呟いた。〈通じた!〉
 ややあって、通信波に殴りつけるようなノイズの嵐。
〈来やがった!〉
 ジャックが“ハミルトン・シティ”で遭遇したのと、同じやり口――通常通信も識別信号も力づくでねじ伏せる妨害波。
 一方で、軌道エレヴェータのレーザ通信モジュールを介し、“テセウス解放戦線”側のデータ・リンクは残す仕掛けになっている。
 対する“惑星連邦”側も手をこまねいてはいない。強指向波を打ち上げ、通信衛星を経由してデータ・リンクを維持にかかる。
 眼前、ダリウスが戦闘機動。彼我の機動戦車が、進路をランダムに振り始めた。ジャックとスカーフェイスは舵を切る。鼻先を側方、北へと転じる。
 示し合わせたように、榴弾の雨。地を抉り、塵芥を噴き上げて、次々と閃光――爆煙が成して壁。その手前を2人が駆け抜ける。
 爆炎の向こうでは、チキン・レースじみた根比べ。ミサイルの射程ぎりぎり一杯、敵味方互いにロック・オンの腕前を試す機動が続く。
 最初のミサイルが射ち上がった。続いて2発目、3発目、堰を切ったように次々と噴射炎が伸び上がる。上空で向きを転じ……、
 “惑星連邦”側、1輌のダリウスで、砲手が異常に気付いた。
〈ミサイル警報!〉
〈囮射出! 回避機動!〉
 車長が命じる。その語尾を砲手が叩き切って、
〈味方のミサイルです!!〉
 網膜に投影された上空のミサイルは4発。うち2発の識別マーカが赤――敵なのは当然として、残り2発の識別マーカが示すのは緑――すなわち味方。
 車長が鋭く舌を打った。
 ダリウスが囮ユニットを打ち上げた。チャフをばら撒き、アクティヴ・サーチを乱反射させつつ、偽装熱源を備える囮ユニットが電磁波を放出しながらパラシュート降下、ミサイルのセンサを撹乱する。
 1発目のアルバレストはチャフに騙され、空を灼いた。2発目が囮ユニットを直撃した。3発目と4発目が欺瞞を透かしてダリウスの上面装甲に命中する。タンデム配置された成型炸薬の1段目が複合装甲を灼き抜き、コンマ秒の差で炸裂した2段目が熱と金属の噴流を戦車内部へと押し込む。
 爆発。それが2つ、3つと続く。
 直後、連邦軍が衛星回線で維持していたデータ・リンクをネット・クラッシャが蹂躙した。敵味方の境界を見失い、意思疎通すらままならなくなった連邦軍を目がけ、本性を現したゲリラ達が襲いかかる。



 

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