電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第8章 衝突
8-5.連鎖
その時――市警察のデータ・リンク、シティ内のパトカーを指揮する交通部管制中枢へ“キャス”が侵入。パトカーのリンクを通じて、データ群をすり替えた。筆頭は車内を映す画像のデータ――ヴィジフォンやドライヴ・レコーダに始まって、芸の込んだことにシートの質量分布や体温分布までをも書き換える。手始めは“605移動”――この時にはロジャー操る“602移動”と位置情報をすり替えられている――に乗り組む警官2人組の姿――これが揃ってロジャーとジャックのそれへ書き換えられる。
混乱はすぐに訪れた。
〈目標が!〉芝居がかった声をデータ・リンクへ吹き込んだのはロジャー。〈“602移動”に! 乗っ取られたのか!?〉
〈何だと!?〉〈管制中枢! “602移動”の乗員は!?〉〈“602移動”の位置データを……!〉
〈ちょっと待て! 何で俺達の顔が……!〉本来の“605移動”、データを書き換えられたパトカーから抗弁が上がる。〈こっちには何も……!〉
ここで“キャス”が“605移動”の制御を乗っ取った。
〈はいジャック、何か連中に言っときたいことはある?〉
〈デタラメ並べてやれ〉ジャックが頭をフル回転、〈――そうだな、俺達は“自由と独立”の生き残りだとか、連邦に洗脳される前にジャーナリストの話を流せとか〉
『我々は“自由と独立”の生き残りだ』偽物の“602移動”、車内のヴィジフォンを通じているかのように装ったジャックのデータがもっともらしく語り出す。『ジャーナリストは連邦に洗脳される。身柄を引き渡す前に彼らの意見を公にしろ』
「“自由と独立”だ?」
“ヴィアン・シティ・ポリス”交通部管制中枢、管制官の1人が眉を跳ね上げた。「また古い名前を……」
「本気ですかね、こいつら?」
隣の管制官も眉をひそめる。その視覚にはナヴィゲータが流して関連情報――“惑星連邦”に潰されたテロ組織。ただ、そこにある首魁の名前が問題だった――“ベン・サラディン”、目標が所持しているとされるデータ・クリスタルに刻まれた直筆サイン・データがそこに重なる。
「もう2年も前に潰れたテロ屋だぞ……どうした?」
上の上から下りてきた命令にあったのは、目標3人とその所持品の確保。その筆頭としてデータ・クリスタル――そこにあったサインを管制官が思い出す。
「ベン・サラディン!?」
「おい、どうし……」言いさした管制官もクリスタルの直筆サイン・データに気付いて色をなす。「……まさか!」
〈全移動へ、こちら管制中枢!〉管制中枢から緊張に満ちた指示が飛ぶ。〈“602移動”を確保! 繰り返す、“602移動”を確保せよ!〉
『見付けた!』“スー”に反応。『ジャック・マーフィとロジャー・エドワーズです!』
「いたか!」フォーリィ中尉は右の拳に小さく快哉を乗せた。「漁り続けた甲斐があったな」
“ラッセル”陸軍駐屯地、情報分析室。イメージ検索がヒットした先は“ヴィアン・シティ・ポリス”、パトカー“602移動”の運転席。駐屯地からは西へ隔たることおよそ6000キロ、第1大陸“コウ”の反対側に当たる。が、それでも警察用回線ともなれば検索の優先度は上がって当然、ましてや“自由と独立”の名前が出たとあっては引っかかるのも無理はない。
「――にしても、」フォーリィ中尉はしかし、一拍の間を置いた。「今さらというのも妙だな――あそこまでして隠れておいて」
『囮、――!?』“スー”の語尾が疑わしげに上がった。『当たってみます!』
「頼む」フォーリィ中尉にさらなる疑念。「連中がそう簡単に素顔を晒すとも思えん」
『――ビンゴ!』半拍置いて“スー”から快哉。『割り込みの跡があります!』
「よくやった!」フォーリィ中尉が正面、モニタへ眼を走らせる――展開したのは“ヴィアン・シティ・ポリス”のネットワーク図。「手繰れるか?」
『――手強いですね』
“スー”の言にフォーリィ中尉は眉をしかめた。警察用ならいざ知らず、軍用の、なおかつ鍛えに鍛えたナヴィゲータを出し抜く相手となるとそうはいない。
「遡れ――時系列!」直感で命じてフォーリィ中尉。「連中の顔が回線に乗ったタイミングだ――何が起こってた?」
現状の処理に並行して、“スー”がネットワークの記録を遡る。ジャック・マーフィとロジャー・エドワーズの顔が回線に乗る、その寸前――問題のパトカー“602移動”の位置情報。
『飛んでる!?』
その瞬間、パトカーの軌跡が“飛んで”いた――入れ替わっていた、という方がむしろ正しい。入れ替わった相手は“605移動”、それを前提とするならば――、
「“605移動”だ、“スー”!」フォーリィ中尉の声が飛ぶ。「ヴィジフォンの映像を!」
“スー”がパトカー“605移動”のヴィジフォンに侵入――しようとして果たせない。『――弾かれます!』
「いよいよ臭いな」フォーリィ中尉がインタフォンを手に取った。「こちら情報分析室! 恐らく当たりを引きました。“ヴィアン・シティ・ポリス”の“605移動”――追跡中の“602移動”、そっちは囮です!」
〈囮だって!?〉
今にも飛び立たんとしていたUV-88アルバトロスの機長席。機長の軍曹は怪訝の一語を声に乗せた。
“クライトン・シティ”郊外、“テセウス解放戦線”をシティごと包囲して展開する陸軍航空隊。そこに飛んできた命令は緊急出撃、しかも第1師団長オーギュスト・ルジャンドル少将のサイン付き。目標は“ヴィアン・シティ”市警のパトカー“602移動”――が、今しも“605移動”へと書き換わったところ。
〈どっちにしても大した違いじゃありません!〉副長席から応じて声。〈目標の居場所が少しばかり違うだけです。外れを引かされるよりゃよっぽどマシですよ!〉
〈道理だな〉軍曹は一つ頷いて、〈管制室へ、こちら“ホーク1”、離陸する! 目標“ヴィアン・シティ・ポリス”、“605移動”!〉
〈電子攻撃!?〉“キャス”の声に緊張。〈――手繰られた!〉
〈くそ!〉ジャックから舌打ち。
〈おいおい、〉ハンドルを握るロジャーに疑問符。〈疑いの余地なしかよ!?〉
〈味方に“バーグラ”ぶち込む馬鹿がどこにいるっての!〉斬り捨てて“キャス”。
〈出処は!?〉ジャックから問い。
〈遠いわね〉“キャス”の答えまでに半拍の間。〈――多分陸軍! 下手すりゃ大陸の反対側かも!〉
〈手繰り返せ!〉ジャックの声は揺るがない。〈厄介な相手だ。どう手を打つにしても盲じゃ分が悪い!〉
〈“ネイ”!〉ロジャーがアクセルを踏みつつ、〈時間を稼ぐ!〉
〈抑えろ、ロジャー!〉ジャックが制して左の掌。〈目立つな。追い付かれる前にずらかるぞ! 地図を!〉
“ネイ”が視覚に描いて市街、立体図。上へパトカーを示して輝点。その群れが一斉に向きを転じつつある。中心――即ち偽りの“605移動”、このパトカー。
〈残念、〉“ネイ”が告げる。〈もう来るわよ――1台目!〉
港湾区出口、幹線道へと繋がる立体交差路――そこから最初のパトライトが飛び出した。対向車線から乗り越えて分離帯、ぶつけんばかりに正面へ。
〈よけろ!〉
思わずジャック。すかさずスピン・ターン、ロジャーは尻を相手へ向けた。アクセル全開、テッラが最大推力を後方へ向けて叩き付ける。
〈“キャス”、乗っ取れ!〉
言いざまジャックは市街図の輝点に眼を投げた。いま出てきた1台――“604移動”。
〈馬鹿言ってんじゃないわよ!〉“キャス”に抗議の声。〈こっちゃ軍の相手で手一杯!〉
〈“ネイ”!〉今度はロジャーが声を走らせる。〈出番だ!〉
〈あーら、〉“ネイ”からは不満声。〈私は2軍扱い?〉
〈真打ちってなァ出番は最後だろ!〉ロジャーが埠頭、コンテナ・ヤードへ向けて鼻先。
〈ま、そういうことで手を打ちますか〉“ネイ”が市警のネットワークを遡る。“602移動”に繋いだ瞬間から手繰っていた市警交通部のネットワーク、管制中枢に居座らせたサブ・プログラムへ命令――ポート開放。位置情報と識別信号に紛らせたそのコマンドに応えて、サブ・プログラムは遮断されかかった“602移動”へのネットワークをこじ開ける。
〈ぶち壊しちゃっていい?〉舌なめずりせんばかりに“ネイ”。
〈好きにしな〉ロジャーの声に居直る色。〈どっちみちもう面は割れてる〉
〈じゃ、遠慮なく〉“ネイ”は市警の交通管制中枢へ自滅型クラッシャを叩き込む。〈――根っこから逝くからね。5秒稼いで〉
後方、2台目のパトライトが閃いた。それが3台目、4台目と続く。
〈焦らせんじゃねェよ〉ロジャーがテッラに目一杯のドリフトをくれてコンテナ・ブロックの陰へと突っ込んだ。わずかに遅れて“604移動”、さらに続いて2台目。3台目――は制動をしくじった4台目の巻き添えを食らってともに果てた。
〈――はい、おやすみ〉“ネイ”が宣する。
視野の立体地図上、パトカーの位置情報――交通部管制中枢からのデータが掻き消えた。動揺が後方のヘッド・ライトに兆す――すかさずロジャーがフル・ブレーキ。
“604移動”に慌てたような急制動。その尻を思わずよけた2台目が、コンテナの壁に突っ込んで果てる。その上、とどめさながらになだれ落ちてコンテナの群れ。再びロジャーはアクセル全開、テッラが鞭を受けた荒馬さながらに加速する。
追いすがって“604移動”――その加速に滲ませて執念。崩れるコンテナを振り切って付いてくる。
〈あーもう、〉ロジャーが思わず打って舌。〈しつこいヤツァ嫌われるぜ!〉
〈見付けた!〉“キャス”の声に笑み。〈侵入元! 陸軍“ラッセル”駐屯地! 情報分析屋!?〉
〈潰せるか!?〉ジャックが飛ばして問い。
〈侵入するわ〉断じて“キャス”。〈ルート確保! 囮任せた!〉
〈“ネイ”!〉ロジャーが再び派手なドリフト、〈やっちまえ!〉
〈仕方ないわね〉“ネイ”の声、むしろ楽しげに帯びて色。