電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第7章 断絶
7-6.暁闇
『“ワールズ・ニュース・ネットワーク”、ローラ・キャヴェンディッシュです。混乱の続く惑星“テセウス”情勢についてお送りします。地球人ジャーナリストが独立派ゲリラに拘束されている件で、ゲリラ側はジャーナリスト8名を解放すると宣言しています。期日まであと3日、事態の推移に注目が……』
『“惑星連邦”政府は、惑星“テセウス”の主要3都市を対象に避難命令を発令しました。対象となるのは、“クライトン・シティ”、“ハミルトン・シティ”、“サイモン・シティ”です。該当地域の市民の皆さんは、落ち着いて、防災シェルタへ避難して下さい。繰り返します……』
〈逃げられたァ!?〉
レナード・ヒル中尉は声を上げた。データ・リンク越し、“ハウンド2”からの声に萎縮の色。
航法系統と操縦補佐系統にクラッシャを食らった“ハウンド2”は、上空へ退避せざるを得なくなった。機載スキャナを使って“ハウンド1”を捜索したものの、思わしい結果は出ていない。
“ラッセル”陸軍駐屯地からは空軍に要請が飛んでいるはずだった。“クライトン・シティ”西方面を哨戒中だった早期警戒機P-48Aアルテミスがこちらに向けて進路を変えつつあるところ、それでも到着までに1時間はかかるという。ヒル中尉は通信機のマイクを握りしめた。
〈了解。“リトル・キャット”と“ハウンド1”の捜索は空軍に任せる。“ハウンド2”は合流地点へ〉
告げて、ヒル中尉は回線を切り替えた。
〈“コレクタ”へ、こちら“チェイサ1”〉
衛星レーザ回線で“ラッセル”陸軍駐屯地へ声を送る。
〈こちら“コレクタ”、送れ〉
〈こちら“チェイサ1”、“リトル・キャット”と接触なるも、妨害分子により確保ならず。繰り返す。確保ならず〉
〈こちら“コレクタ”、“妨害分子”とは何か〉
〈こちら“チェイサ1”、妨害分子は2勢力、1つには“リトル・キャット”強奪犯と思われる一団、2つにはゲリラと思われる一団〉
〈こちら“コレクタ”、妨害分子の情報はないか〉
〈こちら“チェイサ1”、これより送信する。しばらく待たれたい〉
ヒル中尉は背後、ニーソン兵長を手招いた。
ニーソン兵長が端末を通信機へ接続する。ナヴィゲータがデータを送り出した。――ジャックら3人の外観データ、所持していたクリスタルのデータ・コピィ。ゲリラとの戦闘情報に、戦死者の視覚情報。
〈こちら“コレクタ”、データを受領した〉“ラッセル”陸軍駐屯地から回答が返る。〈こちらで調査する〉
フォーリィ中尉は鼻を鳴らした。
“ラッセル”陸軍駐屯地、情報分析室。中央指揮所から回されてきたデータを、情報分析担当の中尉はディスプレイに呼び出していた。まず1件目、“ジャック・マーフィ、自称賞金稼ぎ”――とある。
「賞金稼ぎの申告ごとき、」
『期待にも値しませんか』
ナヴィゲータ“スー”が語尾を継ぐ。
「ま、そういうこった」
データ・ベースに照会をかける。賞金稼ぎの登録データにヒット。経歴未記入――案の定。
「これからが本番ってこと、だ」
さらに照会。氏名は無視して、外観の特徴から力技でデータを漁らせる。しばらく間。
席を立ち、空いたマグ・カップにポットのコーヒーを注ぐ。席に戻って画面を眺めると、なお検索中。
その横で2件目、“ロジャー・エドワーズ、自称賞金稼ぎ”を照会する。結果同じ。同様に、力技でデータを検索。
さらに横、3件目。“エリック・ヘイワード、所属なし”のデータを出す。
「何だこいつ?」中尉は眉をひそめた。隣の隣、ジャック・マーフィと瓜二つ。思わず見比べて首を傾げ、それから照会。今度は即座にヒットがあった――軍籍情報、ただし死亡。日付は2年前。
興が乗ってきた。
『楽しんでますね?』
「やっと乗ってきた」
今度は“ジャック・マーフィ”が所持していたというクリスタルのデータを当たる――暗号化されていた。
「“スー”、“エルキュール”を使え」
日頃から鍛えてきた暗号解読ツールを投入する。最初の結果はすぐに出た。
「ほォ、」フォーリィ中尉が舌なめずりをひとつ、「臭うね」
“テセウス”駐屯部隊、陸軍第3軍第2連隊の一部からなるリスト。物資の流れを表す図。そこに上がっている名を照会すると、一部は“死亡”、大多数は“消息不明”と出た。
「“消息不明”か」
フォーリィ中尉が眼を細める。数日前ならいざ知らず、現時点での“消息不明”はまず“ゲリラに加担”または“ゲリラに排除された”のいずれかと言い換えてまず間違いない。
中尉はインタフォンへ手を伸ばした。
「こちら情報分析室、」フォーリィ中尉の声に昂りが混じる。「速報です。“チェイサ1”のデータですが……」
機体が速度を落としつつある――それが体感できた。
マリィ・ホワイトは所在なげに横、壁面を眺めていた。UV-88アルバトロスの貨物室、窓といえばスライド・ハッチにしか付いていない。周囲はしかめ面の兵士たち。満ちているのは殺気立った沈黙。眼のやり場がなかった。
振動が大きくなる。機体が揺れた。操縦室から分隊長が声を上げる。兵士が左ハッチへ走り寄り、ノブに手をかけて開け放つ。
「降りるぜ」
眼を上げると、傍らにシンシア・マクミランが立っていた。ヘッド・レストに手をかけて、前方を示す。マリィは腰を上げた。
導かれて外へ降り立つ。眼の前には小さな山と、側を通る田舎道、そして軍用トラック。
下降気流にあおられ、亜麻色の長い髪を押さえながら、トラックへ。ろくに外を見る暇もなく、マリィは幌で覆われた荷台へ上がった。簡易座席に腰を下ろす。
「どこへ行くの?」
乱れた髪をまとめながら、マリィは傍らのシンシアに訊いてみた。
「もうすぐ自由の身になれる」シンシアは肩をすくめた。「あんまり心配しなくていいぜ」
幌の向こうに、再び離陸するアルバトロスのロータ音。トラックが走り出した。
夜が明ける――。
薄れ行く闇に、この夜いくつ目かの街の灯が滲む。
「降りるぞ」
ジャック・マーフィが宣した。網膜に映した地図と地形を睨みながら、アルバトロスを減速させる。
「まだいけるんじゃねェのか?」
後ろから計器を覗き込んだロジャー・エドワーズが問うた。燃料計には若干ながら余裕がある。
「夜が明けたら下からも上からも丸見えだ」応じるジャックの声に疲労の色が濃い。「こいつじゃ目立って仕方ない」
「マリィはどうする?」
スカーフェイスが疑問を挟む。正面を向いたままジャックが答えた。
「こっちも隠れんぼの最中だ。相手を見つけるのは――まあ贅沢ってもんか」
夜通しアルバトロスを飛ばしたが、マリィを乗せた機体の痕跡は見当たらない――それも無理からぬことと得心はいった。なにせ自分も隠れに隠れ、サーチ網を避けて匍匐飛行、さらに識別信号その他一切の電波発信を絶ってきている。自分が隠れているなら他機が隠れられない道理はない。
「行き先は判ってんだ」ジャックは唇を噛みつつも、「別の足を手に入れるさ」