
電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第7章 断絶
7-3.乱戦
弾幕が薄くなったのを幸い、敵は眼に見えて丘へ後退し始めた。ニーソン兵長がそこを狙撃、1人、2人――そこまで。
一直線には追えない。ブラヴォ班が東側から牽制する間に、アルファ班はブラヴォ班を追って移動する。
その眼前、照明弾が撃ち上がる。頭上から、嘲笑うようにロータ音が降ってくる。次第に大きく――、
上空、照明弾の白い光を浴びて、暗緑色のUV-88アルバトロスが通過した。ややあって旋回、両側面スライド・ハッチを開放した機体が機首を巡らせ、照明弾へ接近する。
敵からの弾幕が勢いづく。再び榴弾が爆発した。
〈くそったれ!〉
アルバトロスは翼端、ターボシャフト・エンジンを上へと向けて速度を落とす。ロータの下降気流で地上を薙ぎながら、信号弾のすぐ横へ垂直降下。見る間に機体は接地した。
〈くそ、エンジンを狙え! 撃て、撃て!〉
ヒル中尉の声を遮り、さらに追い討ちの榴弾が炸裂した。
〈行け! 行け! 行け!〉
分隊長の声が人工の暴風を裂く。弾幕を張りつつ、“テセウス解放戦線”の面々はアルバトロスへひた走る。
機体右側面のハッチから、最初に副長が乗り込んだ。突撃銃を敵へ向けて掩護の弾幕。
続いて2人目が、マリィを機内へ連れ込んだ。貨物室を縦断して機体後部、2列シートにマリィを座らせる。説明の手間さえ惜しんで腰部、安全ベルトを締めてやる。
3人目。両手を拘束したシンシアを引き入れ、マリィの隣りに座らせる。
1人はハッチ脇へつき、機体へは入らず軽機関銃LMG156グラインダで掩護の弾幕。
4人目、5人目、6人目――。
〈機長?〉
周囲を警戒していた副操縦士が、機長の様子に気付いた。
〈ありゃ何だ?〉
機体左側に動き。機長が疑問を口にする、その間に左側面ハッチから踊り込んだ影がある。
体当たり――1人が吹っ飛んだ。ハッチに手をかけた7人目を巻き込んで、機外へ転がり落ちる。
「頭下げてろ!」
マリィとシンシアが眼を向けた。
「ジャック!?」
ジャックが突撃銃AR113ストライカを逆手に、銃床でもう一人を突き飛ばした。
マリィが頭を抱え込む。機内で銃声――侵入したスカーフェイスの一連射。SMG595短機関銃で1人を薙ぎ倒したところだった。さらに一連射、もう一人を機外へ撃ち落とす。
応射。ライフル弾がハッチを貫いた。
〈撃つな! 撃つな!〉
副長が声を上げた。言う間にコンバット・ナイフを抜き、スカーフェイスへ突きかかる。
さらにロジャーが踊り込む。操縦室へ踏み入るや、左手を機長席の襟元へ。ヘッド・レストへ押し付け、機長の首を締めにかかる。
〈飛ばせ! すぐ飛ばせ!〉
右手で短機関銃を副操縦士に擬す。副操縦士は両手を上げた。機長は抵抗、両の手でロジャーの腕を引き剥がしにかかる。
〈このやろ、さっさと飛ばせってんだ!〉
短機関銃で、スカーフェイスがナイフを弾いた。
〈操縦室を!〉
さらに斬りつけつつ、副長が叫ぶ。1人が声に従った。操縦室入り口へ。
ジャックは突撃銃を持ち直し、ハッチの外へ3点連射。機内へ戻りかけた1人が血を吹いて倒れた。さらに連射。もう1人。
横から1人が掴みかかる。かわして、ジャックは横薙ぎに銃床を叩き付けた。相手が肘でそれを受ける――と、音を立てて銃床が割れた。
〈くそったれ!〉罵りつつ、ジャックはさらに銃を振るった。〈これだから官給品は!〉
背後――操縦室の外から、ロジャーの右腕へごつい手が伸びる。咄嗟に銃を引く――と、それを追うように兵が踏み込む。近い。
ロジャーは足元、相手の左足を踏みつけた。怯んだ隙、その顔面へ銃把を振るう。入った――が、敵はその腕を掴んで引いた。ロジャーの上体が傾き、左腕が機長の首を締め上げる。
「――!」
機長の、声にならない悲鳴が感触として腕へ伝わる。
敵がさらにもう一方、ごつい手をロジャーの顔へと伸ばす。さすがにロジャーは腕を離した。
掴み合いになった。操縦室からロジャーが引き出される。
〈!?〉
ヒル中尉の感覚が察して異常。弾幕が薄くなった――だけでなく、ゲリラの動きが鈍ったようにも見える。
賭けに出た。号令を発する。
〈ブラヴォ班突入! 懐へ飛び込め!〉
アルバトロスの機体へ着弾。気絶した仲間を担いで、左側ハッチへ回り込んだゲリラがハッチをくぐる。その背後、もう1人を担ぎ込みながら分隊長が続いた。
〈敵が来るぞ! 上がれ! 上がれ! 上がれ!〉
言う間にも着弾の音が弾ける。機長は荒い息をつきながら、スロットルを開けた。
追い付かない――ヒル中尉は歯を軋らせた。
〈撃て! 撃て!!〉
アルバトロスが離陸する――浮遊感。
ナイフの切っ先がわずかに狂った。スカーフェイスは短機関銃ごと受け流すや、副長の喉笛へ貫き手をくれた。手応え――痙攣。
相手の身体が力を失う。その右手から1人――先ほど左ハッチから入った男。ホルスタからコンバット・ナイフを抜きざまに斬りかかる。
〈よくも!〉
手を引き抜くや、スカーフェイスは深く踏み込んだ。相手の肘が肩に当たる。
右手を添えて、左肘を相手の腹へ衝き込む。相手はたまらずよろめいた。
追いすがる間もなく、今度は左手から分隊長。貫き手が首を狙ってくる。
〈!〉
左腕でいなす――と、すかさず胴へ掌底が来た。跳び退る、が間に合わない。体勢が崩れる。
そこへ先ほどの男が加わった。ナイフの突き。
防戦になった。
ロジャーは相手の足を引っかけた。勢いを乗せ、体重を預けて床へと倒れ込む。
相手はロジャーの左手を離さない。ロジャーも相手の左手を離さない。
ロジャーは上から頭突きをくれた。加えて頭突き、さらに頭突き。
〈調子に……〉鼻声の相手がしゃにむにロジャーを押し返す。〈……乗りやがって!〉
体勢が引っくり返った。ロジャーが下になる。さらにロジャーが転がろうとして――途中で止まった。力が拮抗、二人が膝を立てる。
機体の揺れに乗じて、ジャックは銃床の割れた突撃銃を投げつけた。束の間、相手の注意が逸れる。
すかさず踏み込む。喉元へ右の貫き手。
すんでのところでいなされた。右手が首筋を弾く。
さらに左の掌底を突き上げた。相手は右腕でこれを阻む。
〈この!〉
相手から拳。ジャックは避け――たと思ったら襟首を掴まれた。
頭突きが来る。左手で阻む。ジャックは相手の顔に爪を立てた。
〈があッ!〉
相手が力任せに襟首を引く。足払い。それをかわして、ジャックはさらに踏み込んだ。逆に相手の軸足を払う。
横倒しになった。ジャックが上を取る。
スカーフェイスは突き込まれたナイフをいなした。柄元を手首ごと押さえ込む。
そこへ、分隊長の掌底。よけ切れない――肩で受ける。
スカーフェイスが平衡を崩した。床へ倒れかかり――下から足を振り上げる。
〈ロール、右だ!〉すんでのところでその足をかわし、分隊長が叫んだ。〈右ロール! ロール!〉
機長は操縦桿を右へ倒した。地形に沿って匍匐飛行中のアルバトロス、その機体が右へと傾斜する。
スカーフェイスが跳ね起きる。その懐、分隊長が飛び込んだ。足を刈り、投げ放つ。
〈!〉
スカーフェイスが背から床へ――操縦室前、ロジャーの足元へ。
〈うわ!〉
ロジャーが体勢を崩した。その鼻面を頭突きが襲う。怯んだところを突き飛ばされて、ロジャーは下――右ハッチの際へ。馬乗りになったジャックの上体へぶつかる。バランスが崩れる。
〈おおッ!〉
ジャックの下から、兵が渾身の力を絞り出した。ジャックの身体を跳ね上げる。
さらに傾斜。ジャックの身体は床へ転がり、さらに滑り、ハッチの外へ。
すんでのところでハッチ際、左手一本でぶら下がる。
その横を、ロジャーの身体が落ちていく。ジャックは手を伸ばした。ロジャーも手を伸ばす。
その手が――空を切った。ロジャーが眼下、流れる樹々の流れに消えた。
〈くそ!〉
見上げたところに敵の右足。
起き上がりざま、横から足が飛んできた。スカーフェイスはその足首を掴むや、全身の力で持ち上げる。右ハッチへ転がるその敵も見届けず、分隊長へ向き合う――なり、貫き手が飛んできた。左手で逸らして踏み込み、返して掌底――その背中に組み付いて来る敵があった。
〈!〉
反射的に背後へ肘。振りほどくと今度は眼の前に分隊長――ともう1人。
さらに背後、今度は腰に組みかかる。左へ避け――かけたところへ、斜め前からすがりつく。
〈出せ! 放り出せ!〉
分隊長が叫びを上げる。寄ってたかってスカーフェイスを担ぎ上げ、3人がかりで左ハッチへ。
〈やれ! 放り出せ!〉
振りほどこうと、スカーフェイスがもがく。
敵がジャックの左手をハッチ際から蹴り剥がそうと構える。咄嗟に右手、ジャックは敵の左足首を掴み取った。
わずかに怯み。さらに左手を敵の足首へ。ジャックの全体重を受けて、敵の体が滑り出す。すかさず右手をハッチ際へ。力を込めて左手、敵の身体を引きずり出す。
敵の足がハッチ外の宙を掻く。焦ったように、敵は腰の拳銃を抜いた。その腰に左手をかけると、ジャックは自身を引き上げた。その勢いを利して機内へ転がり込む。
〈この――!〉
振り返りかける相手の上体へ、低い姿勢から後ろ蹴り。悲鳴を後に引いて、相手の姿が闇へと消えた。
前へ向けば敵が3人。その頭上にスカーフェイス。もがくその身体を、今まさに放り出さんとするところだった。
〈このォ!〉
雄叫び。全員の注意が、わずかに逸れた。手前の一人、腰へ組み付く。
スカーフェイスが宙に浮いた――が、敵の腕にしがみつき、引きずり込まんばかりに手繰る。
一瞬、力が均衡する。それが崩れた――外へ。
スカーフェイスが、それに引きずられてゲリラが、さらに支えるジャックの上体が気流の中へ。
踏ん張り切れない――そう思う間に持っていかれた。
あっという間。2人の姿は闇の中へ。
反射的に身を沈める。その頭上、肘打ちが宙を切った。
伸び上がりざま体当たり。もろともに機体の中へ倒れ込む。背後からその足を分隊長が掴みにかかった。両の脚を大きく振り回し、その手を跳ねのける。勢いで起き上がり、分隊長へ打ちかかる――。
そこへ衝撃――横合いからの掌底。
〈!?〉
上体が乱れた。勢いが崩れた。その手首を分隊長が取った。懐へ滑り込み、体を持ち上げ、放り投げる――。
宙に浮いたジャックの眼に、掌底の主が映った――シンシア。
〈な……!〉
「ジャック!」
マリィの悲鳴――眼前の光景がかき消えた。ジャックの視界に、昏い宙空が拡がった。