電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第5章 事実
5-8.直面
〈“スレッジ・アルファ”は私に付いてこい。“ブラヴォ”は敵を発見したら背後へ回れ〉ハドソン少佐が分隊へ指示を飛ばす。〈敵は少数だが精鋭だ。気を抜くな!〉
後衛の掩護のもと、前衛が梯子に足をかけた。各班の前衛が下層の安全を確認、残る4人が1人づつ、ただし速やかに続いていく。
〈“ハンマ・ヘッド”へ、こちら“アルファ1”! トラップを発見!〉 “アルファ1”こと、“アルファ”班の前衛が告げた――梯子の上端に、細いワイアと手榴弾。〈無力化します〉
前衛が粘着テープでトラップの作動を封じにかかる。
〈“アルファ1”へ、こちら“ハンマ・ヘッド”〉ハドソン少佐の高速言語がデータ・リンクを駆ける。〈処置を待つ〉
銃声――。
〈敵発見!〉“アルファ2”から声が飛ぶ。〈エレヴェータ・シャフト南側、1層下!〉
“アルファ2”の視線の先には、奪った突撃銃を手にしたエリック。エレヴェータ・シャフト外壁を盾に、前衛を狙って一連射。
“アルファ1”の肩に1発が当たる。バランスを崩しかけた“アルファ1”は、しかし梯子の裏に回り込んだ。残りの弾丸は梯子をかすめて虚しく過ぎる。
上層に残る後衛が、一斉に応射した。エリックへ両面から銃撃が襲いかかる。
さらに下層、やはりエレヴェータ・シャフトを盾にジャックが掩護する。エリックは、今度は単発で一撃。ただし狙いを据えたのは――トラップの手榴弾。
手榴弾への一撃――。梯子ごと“アルファ1”が、直上の“アルファ2”を巻き込んで吹き飛んだ。
〈“アルファ1”がやられました!〉〈“アルファ2”、応答なし!〉
エリックの影が後退する。手摺からワイアを降ろして懸垂降下。掩護するジャックの後ろを過ぎ、さらに下層を目指して滑り降りる。
〈私がやる、掩護しろ!〉
ジャックの掩護射撃をかいくぐり、少佐が一撃。
弾丸が手摺を直撃した。ワイアの根本が断ち切られる。エリックは支えを失った――転落。
〈くそッ!〉
ジャックが反撃。そこへ上層、2箇所から少佐たちが応射する。ジャックを釘付けにしておいて、“ブラヴォ”班の前衛“ブラヴォ1”が前進した。
“ブラヴォ1”が銃口をジャックに向けかけ――しかしその頭をジャックが撃ち抜く。
〈数で押せ!〉
その頭上、さらに“ブラヴォ2”がワイアで降下。ジャックを挟んで反対側、“アルファ3”もそれに続く。
ジャックは眼前、降り立った“ブラヴォ2”の肩へ一撃。“ブラヴォ2”は弾き飛ばされた――が、手摺を掴んで踏み留まる。射角が浅い。
舌打ち一つ、ジャックは背後の“アルファ3”へ手榴弾を放り出した。それを蹴飛ばす“アルファ3”には眼もくれず、ジャックは“ブラヴォ2”の眼前、梯子を下層へ滑り降りる。
空中で爆発。爆煙に紛れて、ジャックは1段下層へ足をつく。その上方、床板を撃ち抜いて、盲撃ちの銃撃がジャックの後を追いかけた。ジャックの軽装甲ヘルメットが跳弾を弾く。ヴァイザが割れ、ジャックは平衡を崩しかける。
ジャックはさらに下層へ逃げた。今度は着地し、ヘルメットを脱ぎ捨てる。
〈追え! そう何箇所にも罠は張れん!〉
少佐の命令一下、分隊が梯子を滑り降りる。掩護の弾幕がジャックの周囲を覆う。
眼前に着地した“ブラヴォ3”へ1発、背後に立った“アルファ3”へ2発――そこまで。ジャックの右肩、装甲に弾丸が当たった――衝撃。
ジャックの上体が傾き――踏ん張りきれずに手摺を越えた。
突撃銃が落ちていく――。
すんでのところ、ジャックは左手で手摺を掴む。そこへ、残り4人の銃口が向いた。
〈待て!〉
少佐の号令。
銃撃が止まった。
〈貴様か、ヘイワード〉ハドソン少佐が、ワイアを伝って降りてきた。ジャックのすぐ脇、歩廊に足をつく。
ジャックの顔に怒りが兆す。
〈よくやった〉対する少佐の声には険がない。〈お前は見事に役目を果たした。どうだ、味方に付く気はないか?〉
ジャックは片眉を跳ね上げた。〈――役目?〉
〈そう、役目だ。お前は我々の中の裏切り者を始末してくれた〉ハドソン少佐は指を折る。〈ルイ・ジェンセン、ヘンリィ・バーナード、……〉
少佐が挙げたのは、“横流し組織”の構成員――ジャックが殺してきた者たちの名。ジャックの顔色が失われていく。
〈貴様、まさか……〉
つまり、ジャックに目標の情報を与えていたのは、ハドソン少佐その人ということになる。
〈人を動かすのに必要なのは、何も鎖や鞭だけではないということだ〉
少佐の言葉に、ジャックはただ歯を軋らせた。
〈2年前は残念なことになった〉ジャックを睨み据えて少佐が続ける。〈今回はそうしたくない〉
〈――ほざくな、裏切り者が!〉
剥いた歯の間から、ジャックは声を絞り出す。ハドソン少佐は静かに応じた。
〈ミス・ホワイトを連れているそうだな。我々の手で保護しよう〉
〈この!〉
ジャックは腰のケルベロスを抜いた。
ハドソン少佐も突撃銃を向ける。
射線が交錯した。
少佐の弾丸が早かった。ジャックの左肩装甲へ食い込み、その身体を手摺からもぎ離す。ジャックの銃弾は、ハドソン少佐の頬を虚しくかすめて過ぎる。
落下しつつ、ジャックは下層の手摺に足を伸ばす――引っ掛けた。身体が回転する――が、止まらない。
また下層、今度は左手。手摺に触れる――が、止まれない。
さらに下層、今度こそジャックは手摺にしがみついた。すぐ下層、歩廊にはマリィの姿。
「逃げろ……逃げろ!」
その左肩に、また1発が命中した。
耐えられるはずもなく、ジャックは転落した。
「ジャック!」
落ちたジャックを見て、マリィが手摺から身を乗り出す。
マリィが手を伸ばす。ジャックがその手を掴みにかかる――が、届かない。
ジャックはマリィの下層、右手一本を手摺へ引っ掛けた――止まらない。
もう一度――1層下、右手指先を手摺へ引っかける。が、指先だけでは落下の衝撃に耐えかねた。
さらに一度――痺れかけた左腕も使って、もう1層下の手摺へしがみつく。力が抜けた。
最下層。硬い床へ、ジャックはしたたか身体を打ち付けた。息が詰まる。身動きもとれず、ジャックはただのたうった。
上層から、ハドソン少佐たちが降下する。逃げるように、マリィは梯子を降りた。
逃げ切れない――。
彼我の速度差から、それはすぐ知れた。マリィは下層、梯子を降りて壁の端末へ“アレックス”を繋ぐ。
「“アレックス”、アンナへコール!」
アンナに連絡を入れれば、少なくとも軌道エレヴェータからのコールと判れば、ゲリラに捕まっていることが知れる。
回線が繋がらない。重い数秒。
呼び出し音――それが1回。そこで、マリィは兵士に囲まれていた。
「抵抗するな!」
並ぶ銃口に睨まれる。兵士を睨み返しつつ、マリィは両手を上げた。
「丁重に扱え」別に降下してきたハドソン少佐がそう命じる――その声に、マリィは眉をひそめた。相手の顔は軽装甲ヘルメットに隠れている。
察したか、少佐がヘルメットを外した。マリィの前に、見覚えのある顔が現れる。
「あ……」
2年前、エリックの死を告げに訪れた“ハドソン大尉”の顔があった。
「あなたは……」マリィに絶句。
「大人しくしていれば、危害は加えない」ハドソン少佐は頷いた。ヘルメットをかぶり直す。〈“ブラヴォ5”は彼女を保護。あとは私に付いてこい〉
少佐が最下層へ降下する。と、兵士2名の転落死体がある――だけだった。エリックも、ジャックも、その姿を消していた。
〈“カウンタ”、こちら“ハンマ・ヘッド”〉少佐から司令部へ、妨害波の隙間を縫って暗号通信。〈侵入者2名を撃退、人質1名を保護。損害3、負傷3。増援を求む〉
ハドソン少佐は、連絡通路へ抜けるハッチへ眼をやった。
〈……逃げた、か……〉
〈大佐、〉ハドソン少佐は、“サイモン・シティ”で指揮を執るヘンダーソン大佐との暗号回線を開いた。〈こちらの首尾はまずまずです。そちらは?〉
〈順調だ。ことはシナリオ通りに運んでいる〉
〈ただ、気になることが一点〉ハドソン少佐が声を低める。〈そちらの“駒”が、こちらの手駒と共闘しています。潰し合わせたものと思っていましたが?〉
〈それは、想定外の事態だな〉大佐の声が険しさを帯びる。〈そちらで追跡できるか? 妙なところと接触されても面倒だ〉
〈連中に引っかき回されましたからね〉応える少佐の声が苦い。〈こちらも兵員が不足しております。連邦の反攻にも備えねば〉
〈悪いが増援は回せん〉断じる大佐の声も苦味を隠さない。〈捕捉しろ。大事な時期だ、混乱は避けたい〉
エリックはジャックを担いでいた。ジャックと大同小異、“強行着陸”を演じた身が軋む。ベルトにはジャックが手放さなかったケルベロス。
連絡通路エリア、整備用通路。配線、配管が這う狭い通路を、二人が進む。
〈右……だ〉
分岐点でジャックが言葉を絞り出す。エリックが問いを投げる。
〈何だって?〉
〈右、だ……外へ、出る〉
アテがあったわけではない。エリックはジャックに従った。
ハッチを開けると、“ヒューイ”がそこで待機していた。
〈こいつ……だ……〉
ジャックを“ヒューイ”の上に下ろす。そのままジャックは後部バケットを漁り出した。予備の武器――短機関銃SMG404へ手を伸ばす。
〈……行く、ぞ……>
〈どこへ?〉
半ば呆れてエリックが訊いた。
〈決まってる……〉ジャックの瞳に固い決意が燃えていた。〈……マリィを、取り戻す……〉
〈無茶言うな〉エリックが、ジャックの肩へ手をかける。〈このザマでか?〉
〈関係、あるか……〉ジャックは取り合わない。〈……約束、したんだ……〉
エリックは、ジャックを殴り倒した。〈もの解りの悪い野郎だ〉
〈……〉ジャックが、もがくように起き上がる。
〈その調子で出てって、連中に勝てるのか?〉
ジャックは答えない。ただ、“ヒューイ”のハンドルへ手を伸ばす。
エリックは溜め息をついた。そのまま一拍、次いでジャックに当て身を食らわせる。ジャックは抵抗もできずに悶絶した。
〈世話の焼ける……〉
エリックは、“ヒューイ”のハンドルを取った。
この日、“テセウス解放戦線”は声明を発した――惑星“テセウス”の主要3都市、および軌道エレヴェータを制圧した、と。