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電脳猟兵

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クリスタルの鍵

第5章 事実

5-5.空中

〈目標発見〉マングースの操縦席、後席の操縦士がビルの狭間にジャックを認めた。〈方位102〉
〈視認〉前席の砲手が確認、照準ヘルメットを地下街からの出口へ向ける。連動して、機首の30ミリ機関砲が首をもたげた。

 マングースの軸線がジャックを向きつつある。悪寒を感じて、ジャックは“ヒューイ”のスロットルを開けた。わずかの差、地下街への入り口が機関砲弾を浴びて崩れ落ちる。
 ジャックは路地へ跳び込んだ。ビルの狭間、狭い空の下を駆ける。
 上空、並走するようにVTOLのロータ音。
〈来るわ〉
 ビルの狭間、上空にVTOLの細い影。ジャックは“ヒューイ”の機首を転じた。行き過ぎた敵機の旋回するさまが、音から判る。
 と、眼と鼻の先に着弾の煙。路地を縫い、機関砲が撃ち込まれたのだと判る。ジャックは急ターン、手近なビルへ“ヒューイ”を乗り入れた。

〈外した!〉マングースの砲手が舌を打った。
〈いや、追い込んだ〉操縦士が冷静に指摘する。マングースは機首を転じ、ジャックの逃げ込んだビルを中心に旋回にかかる。
〈熱源反応――探知!〉砲手が舌なめずり一つ、〈屋上へ出てくるか!〉
〈出てきたらちゃんと“扉を閉めて”やれ。袋のネズミだ〉

 ジャックは“ヒューイ”を駆って非常階段を駆け上がった。勢いそのまま、屋上へと飛び出す。
 視界が拡がったその背後、階下からの出口が吹き飛んだ。
 屋上いっぱいの距離を使って制動をかけ、方向転換。敵機の後尾方向、隣のビルへ最大加速。その後を機関砲弾の雨が追う。
 “ヒューイ”が跳んだ。

〈無茶しやがる!〉砲手に舌打ち。
 “ヒューイ”はマングース後方、機関砲の可動範囲を超えて跳んでいた。
〈慌てるな、同じことだ〉
 操縦士が翼端のターボシャフト・エンジンを上へと向けた。機体を急減速させ、尻を振る。機体がスライド、進行方向に対して横を向く。

 マングースの射界を外れて、向かいのビルへ着地する――。
 そのすぐ横、階下への階段が吹き飛んだ。
 次のビルを物色しつつ、ジャックは突撃銃を構えた。マングースの細長い胴体――その操縦席を狙って、3点連射。
 外れた――狙いを修正して、さらに一連射。
 操縦席、その風防に火花が散った――弾丸は虚しく弾かれる。

〈うお!〉
 砲手が肝を抜いた。ライフル弾が風防、砲手の眼前に弾痕を残して弾かれる。
〈野郎、ビルごと吹っ飛ばしてやる!〉
〈了解、外すなよ〉

 マングースの旋回軌道が眼に見えて変わった。
〈来たわ、アクティヴ・サーチ!〉“キャス”の声に緊迫が乗る。〈ミサイル来るわよ!〉
 VTOLがジャックの正面、正対する軌道へ迫る。ジャックは“ヒューイ”を停め、すかさず携行ロケット砲RL29を構えた。
 ――狙いは敵機の真正面。照準の間さえ惜しんで引き鉄を絞る。
 ロケット弾が翔んだ。相手が狙いを定めるより早く操縦席、その後席を捉える。
 爆発――。
 成形炸薬弾がマングースの風防を灼き抜き、その中に満たして灼熱の炎。
 マングースがつんのめる。そのまま正面、ビルの先端に鼻先をぶつけ、大きく宙に引っくり返る。
 ロータが床面を切り刻む、その軌跡がジャックへ迫る。
 ジャックはスピン・ターンをくれて、スロットル全開。
 間一髪、ロータの断片が首筋をかすめた。
 VTOLがその背を屋上に打ち付け、なお勢い余って前へ転じた。ジャックは勢いそのまま、向かいのビルへ向かって跳んだ。
 爆発――。
 マングースの爆炎が屋上を呑み込む。
 爆風で姿勢を崩しかけ、ジャックは危うく着地した。止まり切れず、手摺にぶつかって踏み留まる。
 先刻までの居場所に一瞥。航空燃料がビル屋上、一面を焼き払っていた。さすがにジャックは息をついた。
〈やったか……〉
 ジャックはハンドルの上に突っ伏した。
〈一息ついたとこで悪いんだけど〉悪びれもなく“キャス”の言。〈さっきのビルで情報が拾えたわ〉
〈で?〉
〈軌道エレヴェータの手前、橋のとこ。守備隊は相変わらずよ〉
〈畜生……!〉
 左手に地上への階段。ジャックは“ヒューイ”の鼻先を巡らせた。

 暗がりの中、マリィは手探りで歩廊を進んだ。中央部、それぞれ直径15メートルは下らないエレヴェータ・シャフトの連なりを目指す。
 思った通り、情報端末がエレヴェータ・シャフト外周に見付かった。携帯端末からのケーブルを伸ばして、繋ぐ。
「“アレックス”、ここの状況は読める?」
 マリィは、ナヴィゲータに囁きかけた。“アレックス”は骨振動スピーカ越しに答えを返す。
『はい。ですが、状況はあまり良くありません、マリィ』“アレックス”の声は明るくない。『軌道エレヴェータは全面的に運行を停止しています。リフタもエレヴェータの途中で停まっている有り様です。軌道エレヴェータはゲリラに掌握されたようです』
「ここから外には出られない?」
『ターミナル・ビルのロビィは閉鎖されています』
「他にルートは?」
『メンテナンス用のハッチが何箇所か。これで外には出られます。ただし、ターミナル・ビルの外にはゲリラらしい部隊が展開しています』
「連邦軍は何してるのよ?」
『戦闘の状況については、ここからでは掴めません。ニュースも――』“アレックス”が検索するだけの間が空く。『めぼしい情報は流してません』
「ああ、もう!」
『いえ、今メンテナンス用の補助エレヴェータが動きました。ロックが解除されたようで……』
「どこ?」
『シャフトD-4、この近くです』“アレックス”がマリィへ告げる。『――いま停まりました。気を付けてください、頭上……』
 暗い頭上に、矩形の光が現れた。
 マリィは思わず眼を向けた。3メートルばかり上方、人の成す影が光に重なる。
 感付かれた――その思考が頭をよぎる。
 マリィは慌てて壁からケーブルを抜いた。勢い余った手が、手摺に当たる。
 乾いた音が、はっきりと空気を震わせた。

〈軌道エレヴェータの手前で動きがあるわ〉“キャス”が告げた。〈守備隊が移動してく――だいたい半数ってとこかな〉
〈連中、シティをほぼ制圧したな〉非常階段、地上へ向けて“ヒューイ”を駆るジャックが呟く。〈連邦軍の残党を掃討する気か――今のうちだな〉
〈何が?〉うさん臭げに“キャス”が問う。
〈移動――そう、鉄道だ〉ジャックは思い至ったように答えた。〈“キャス”、操車場の守備隊はどうなってる?〉
〈注目されてないみたいね〉
 “キャス”は操車場の監視カメラ映像を盗ってきた。さらに各種センサのデータを上書き、自らの言葉を裏付ける。
〈好都合だ〉ジャックはビルの外、歩道へ“ヒューイ”を乗り出した。軌道エレヴェータではなく、鉄道の操車場へ機首を巡らせる。
〈ふーん、〉キャス”の声が踊った。〈いいじゃない、派手になりそうで〉
〈まあ、そんなとこだ〉ジャックの声が心なし苦い。〈列車で橋を突破する。やれるか?〉
〈ポイントの切り替えはどうすんの?〉楽しげに訊いて“キャス”の声。〈管制所はさすがに押さえてられてるわよ〉
〈ごまかせ〉ジャックに断言。〈全部とは言わん、軌道エレヴェータまで突っ込めればいい〉
〈妨害波止めてよ〉“キャス”に口を尖らす気配。
〈電力線があるだろ〉ジャックが思い付く。〈何とかしろ〉
〈本ッ当に人使いが荒いわね〉言いつつ、“キャス”の声は軽い。〈いいじゃない、繋いでみて〉
 ジャックは橋のほど近く、操車場へ“ヒューイ”を乗り入れた。一通り物色し、12輌編成の貨物列車に眼をつける。

 残響――。
 軌道エレヴェータ・シャフトの周囲からその響きが消えるまで、マリィには無限にも等しい時間。
 頭上に人語。補助エレヴェータの出口近くから、確認と指示と思しき対話。その集団は足音を隠そうともせず、下層――マリィの方へ向かってくる。
 マリィは手探りで端末から離れた。
 明転――。
 照明が点灯した。闇に慣れた眼が眩む。
 明かりの意味を悟るのに、わずかに時間がかかった――歩廊の只中では、かえって眼についてしまう。マリィはすぐさま取って返し、エレヴェータ・シャフト内壁へ張り付いた。頭上も足下も、入ってきた集団の姿は判別できない。
 張り付いたままシャフト沿い、歩廊へ慎重に歩を刻む。うまく裏側へ回り込めば、あるいはやり過ごせるかもしれない――小さな期待を胸に抱いて。
 下層に物音――何かを取り落としたような、一連の衝突音。エリックの仕業、という可能性――マリィの脳裏を期待がよぎる。ただ、下層にも間違いなく反応があった。一連の足音とやりとりが、マリィの耳に伝わる。
 同時に、梯子を伝う音が降ってきた。マリィの触れていた端末へ、足音が駆け寄る。
「端末発見、作動中!」シャフトの陰、マリィがまだ見えるかどうかというその位置から、兵士の声が聞こえた。
 マリィはその場へ崩れ落ちた。
「動くな!」
 兵士が銃口をマリィへ据えた。

 声は、エリックにも届いた。
 歯噛み一つ、エリックは伏せたまま歩廊の縁へと眼を投げる。敵兵の姿がそこにあった。
 動きたくない時期ではあった。が、彼はそのままの姿勢でエレヴェータ・シャフトの裏側へ這い進む。




 

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