電脳猟兵
×
クリスタルの鍵
第4章 潜行
4-5.探索
マリィの耳にジャックの寝息。
マリィは瞼に重いものを感じつつ、左脇のホルスタに銃の感触を確かめ――そして眠りの中へと落ちた。
アルビオンのキャビンにしばし、寝息だけが響く。
〈ジャック、〉“キャサリン”の呼び声が、ジャックの骨振動スピーカへ乗った。〈寝てるの?〉
〈いや、〉ジャックが反応した。〈そろそろ呼ぼうと思ってたころだ〉
〈そう、〉“キャサリン”の声に兆して含み笑い。〈あなたの肝が太すぎたらどうしようかと思ってたわ〉
〈からかうな〉半ば憮然とジャックが返す。〈こっちも大立ち回りで疲れてる〉
〈まあいいわ。例のクリスタルだけど〉
〈何か掴めたか?〉
〈力技じゃ難しいわね。やっぱりいいヒントがないと〉言葉に反して、涼やかな口調。〈殺し損ねたテイラーの情報とか〉
〈どういうわけかこっちの情報がバレてる〉ジャックが奥歯を軋らせた。〈顔も狙いも筒抜けだ〉
〈濡れ衣まで着せ放題ってわけね。お気の毒〉
〈濡れ衣を着せるってことは、連中がやりたい仕事だってことだ〉ジャックが眉間へ指をやった。〈そもそも“メルカート”の取引を妨害したってのがわからん。武器の横流しなら、連中の都合に合っててもよさそうなもんだが〉
〈“メルカート”の取引ったって、麻薬かしら? 武器弾薬? それとも食料とか?〉
〈テイラーが絡んでるんなら武器じゃないのか?〉
〈いえね、〉“キャサリン”に思案の間。〈武器弾薬の類なら、買い手は誰かと思って〉
一拍の間、ジャックは考えた。
〈ゲリラの連中だろう。さもなきゃ裏社会の抗争にでも使うかな〉
〈テイラーのグループが立ち直るほど大量に?〉
〈そもそもそんな量が……〉ジャックが片眉を踊らせた。〈“大量に”?〉
〈クリスタルのカオスの容量よ〉何気なく衝いて“キャサリン”。〈中身が何にしても、よっぽどの規模じゃないと説明つかないわ〉
〈そんな資金がゲリラにあるのか?〉ジャックが疑問を口に上らせる。〈戦闘車や戦闘機を師団ごと買うわけじゃなし、テイラーんとこも傾きっ放しだしな〉
〈――今なんて言った?〉“キャサリン”の語尾が勢い付く。〈“買う”? “傾く”?〉
不意を突かれたジャックの返答が遅れる。
〈……ああ、買い手がその程度じゃ“テイラー・インタープラネット”も……まさか〉
〈そうよ、テイラーが“傾いてる”のは、売れないからじゃなくて、“買ってる”からじゃないの?〉舌なめずりでもせんばかりに“キャサリン”の声が踊る。〈しかもそれだけの量を、よ〉
“キャサリン”が視点を転換してみせる。その意味を、ジャックはしばし考えた。
〈ちょっと待て、テイラーのグループ自体がゲリラの資金源だってのか?〉
〈だとしたら相当な戦力が隠れてることにならない?〉
〈じゃあ、〉ジャックは指摘した。〈どうして俺に襲わせた?〉
〈影武者を、でしょ。あなたごと処分する気じゃなきゃ、表向き死んで見せたいのかもね〉
確かに、ジャックの襲撃をテイラーが自作自演してみせた可能性はある。
いずれにせよ、別の切り口が見付かったのは間違いない。
〈追えるのか?〉ジャックは“キャサリン”に訊いた。
〈そのセンで当たってみるわ。もしかしたら……〉
『速報です。“カイロス”星系空間警備隊は、星間物流中堅の“ベルナール・エクスプレス”の輸送船“イヴォンヌ・ブランシェ”を拿捕した模様です。“ベルナール・エクスプレス”は、資源統制準備法の改正に強い反対の意を表明しており……』
『いま入りましたニュースです。
資源統制法に反対する、いわゆる“グリソム事件”への反応です。“惑星連邦”運輸省は、“グリソム・インポート”の空間運輸免許を停止すると発表しました。繰り返します……』
「オオシマ中尉」
カレル・ハドソン少佐は、“ハンマ”中隊の副長へコールをかけた。オオシマ中尉が応じるまでには、やや間があいた。
『失礼、ニュースに気を取られました』
「恐らくそのニュースの関連だ」
察するに、全く同じニュースが、中尉の網膜の隅にも流れていると窺えた。
ニュースは、“惑星連邦”政府が“グリソム・インポート”社の空間運輸免許を停止した旨を伝えている。主要都市では、資源統制法の反対集会が居座りに発展し、緊張が高まっているともある。
『えらい騒ぎになりますな』
オオシマ中尉は、他人事のように言ってのけた。
「我々もだ、中尉」ハドソン少佐は、先刻受け取った命令を伝えた。「中隊、治安出動用意。待機命令が出た」
「お待たせ」
小太りの男が、バンのフロント・ドアを開けた。
「遅ェぞ」
バンの貨物室、詰め込まれた電子機器の間から、細長い男が声を上げる。そばかす顔をモニタに向けたまま、振り返る素振りの一つもない。モニタに映るのは道路――その上を通る車両の解析映像。
「ウェイトレスがトレイ丸ごと引っくり返しちまったんだよ」小太りの男が乗り込んで、後ろにハンバーガのパックを差し出す。「お陰でイチから作り直しだ。それとも地面とキスしたバーガのがよかったか?」
「あー解った解った、あそこのは天然だな」そばかす男はコーヒーのカップを受け取って、「もう時間だぞ。B号機を準備してくれ」
「あいよ」
小太りの男はハンバーガをくわえたまま、再びバンを出た。道端に駐車したバンの後方、もう一台のバンのリア・ドアを開く。充電ステーションを兼ねたキャスタごと、ライト・グレイの機体を運び出す。
RG-66モスキート。全長1.5メートルほどの機体を道路に据え、畳んでいた翼を広げて、電源を入れる。
「いいぜ」
そばかす男にコールを入れる。
『よし、リンクした』
モスキートの背部、扉が開いて内蔵のプロペラが姿を見せた。ゆったりと加速、やがて離陸。
『“モスキート・ヘッド”、こちら“モスキート24”、いまB号機を上げました。A号機と交代させます』
「ここで休む」
翌朝になって、ジャックがアルビオンを道端へ寄せた。
“大陸横断道”を外れた林業地域、その中を貫く一本道。木陰にアルビオンを停めたジャックは、身体をほぐしながらコンテナへ向かった。
「火は――コンロか何か、ない?」
マリィは車外へ出て、身体を伸ばしながら訊いた。
「ああ、」
ジャックが戦闘食のパックと共に、携帯コンロと鍋、食器を携えて出てくる。
「よかった」コンロを見たマリィが、胸をなで下ろした。「食事って、いつもあんな風にしてたの?」
「非常食はな」携帯コンロをトレーラの陰に据えて、ジャックが答える。「適当なレストランにも入る」
「よかったわ、非常時だけで」マリィは肩をすくめた。「貸してくれる? 手伝うわ」
ジャックがもの問いたげに鍋を掲げる。それを受け取って、マリィはコンロに火をつけた。
「パックに付いてた加熱機能だけじゃ足りないと思ったから――そっちもお願い」
ジャックから戦闘食のパックと食器一式を受け取ると、マリィは戦闘食パックを開け、中身を鍋へ移した。
「多分、火の通し加減だけでもだいぶ違うと思うのよ」
火加減を見ながら、パックごとに手を加えていく。
「塩と胡椒――できればオリーヴ・オイルとかシューユとかが欲しいわ」
トレーラの貨物室へ潜り込んだジャックが、瓶を取ってきた――塩と胡椒。受け取ったマリィは、鍋に胡椒を一振り、塩を一つまみ――味を見て、さらに胡椒を加える。
「こんな感じでどうかしら」
マリィに促されて、ジャックは味を見た。
「……何やったんだ?」
マリィが肩をすくめる。
「見ての通りよ。胡椒と塩で味にちょっとアクセントをつけただけ」
「……いや、確かにそうなんだが」再び味を確かめつつ、ジャックはマリィを見直した。「ああいうもんだと思ってた」
「うーん、それでもやっぱりインスタントの方がマシなくらいね」再び味を見つつ、マリィが振り向く。「食材は手に入らないの?」
「まだ先の話だ」ジャックが両の手を上げた。「“メルカート”の縄張りだからな。息を潜めて進むしかないさ」
その仕草を、マリィが見つめていた。ややあって、思い切ったように、
「ね、見せて」
「何を?」
ジャックが眼を細める。声がわずかに硬さを帯びた。
「左腕、手首よ。甲の方」
マリィは自らの左袖をたくし上げた。手首にはアーミィ・ウォッチ・プレシジョンAM-35、そのベゼル左上には刻みつけたような傷が、いわくありげに残っている。
「私を護ってくれた時に付いた傷が残ってるはずだわ――この時計と同じ所に」
「断る」即答。「賞金稼ぎだからな」
「そんな……」噛み付きかけて、マリィは留まった。むやみに噛み付く権利はない。「……そういうものなの?」
「“昔話を語るは無用、訊くは無作法”――そいつが礼儀さ」言ってから、ジャックは付け加えた。「賞金稼ぎやら企業傭兵やらってのは、大抵なりたくてなるもんじゃない」
「じゃあ私は礼儀知らずね。でもこれだけは……」マリィはジャックを見据えた。「あなたはエリック・ヘイワードに関わっているはずよ。身に覚えがあるかないか、それだけは聞かせて」
「――あんた、古傷を探られたことは?」
地獄の底から覗いたような、それは反問。そして焦茶色の瞳が表情を消していた。マリィの胸の奥が疼いた。声が詰まる。理解できてしまう自分自身の古傷を呪った。
「……ごめんなさい」