電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第4章 潜行
4-2.交錯
「こいつか」
アルバート・テイラーは独語した。
『今夜、“メルカート”が回した手配書です』
テイラーのナヴィゲータ“アイリーン”が報せる。そこで示された手配書に、テイラーは見知った顔を見つけた。名はジャック・マーフィとある――が、いずれ偽名には違いない。
「そうか、こいつか! こいつなら……!」
一人得心して、テイラーは部屋を歩き回った。
「こいつなら解る。警備が役に立つはずはない……しかし……」
テイラーが足を停めた。
「やはり、」テイラーが机上の端末を見やった。「この手しかないか……」
『アントーニオ、ミスタ・テイラーからコールです』
ナヴィゲータ“ビアンカ”が告げた。
アントーニオ・バレージは、“カーク・シティ”の後始末に忙殺されている最中だった。答えている暇などない。
『例の手配書の男について、話があると』
バレージは掌を持ち上げ、眼前の情報屋の口を止めた。その手で眉間を軽く掻く。マーフィの情報があるとするなら、今は何を置いても乗らなければならない。
「繋げ」
『ミスタ・バレージ、夜分に失礼』
テイラーの声が耳に入る。
『今夜の手配書の男――マーフィといったか――、ヤツに関して話がある』
「伺いましょう」バレージの回答は簡潔を極めた
『ヤツが狙っているのは私だ。現に昨晩、私のゲスト・ハウスが襲われた』
「ほう、」バレージは眉をひそめてみせる。「それは初耳ですな」
『詳しい話は後でもできる、そうだな?』テイラーが声を一段低める。『ともかくも、私の身柄を保護して欲しい』
「急なお話で」
確かに、依頼主たるテイラーが死ねば、その取引――と、そこに絡む利潤――が流れる道理ではある。
「では、こちらからお迎えに? いや、今のお話からすれば、直接お越しいただいたほうが安全ということになりますかな?」
居場所を通話に乗せれば、暗殺者に気取られる――その可能性を、バレージは指摘してみせた。
『そういうことになるな』背後の気配を探るかのような、収まりの悪い声をテイラーは返す。『今夜中にそちらへ伺おう。よろしく頼む』
「待て」
ジャックがマリィを制した。
その顎先が示して農場の入り口。2人がやってきた方角に、ヘッド・ライトの気配が兆した。
「隠れろ」
ジャックが側方、格納庫を親指で示す。マリィは浮かしかけた足を戻し、格納庫の入り口へ走った。ジャックも続く。
ジャックのトレーラを灯りが捉えた。ヘッド・ライトは農場へ進入、格納庫横を目がけて動く。
格納庫内、ジャックはケルベロスを抜いた。身振りでマリィを奥へ退がらせ、ライトの源に目を凝らす。
オフ・ロード型のフロート・ヴィークル・ストライダがライトの主だった。ライトをジャックのトレーラに向けたまま減速、格納庫に近付き、停まる。
運転席から人影が現れた。銃を構え、格納庫へ走り寄る。
入り口に張り付いたジャックが、左手ひとつで懐からフラッシュ・ライトを取り出した。息を潜めて待ち受ける――。
「動くな」
半開きの入り口から、人影をジャックのライトが照らす。狙点と並べた光軸上、相手の姿が浮かび上がった。ほぼ同時、相手もフラッシュ・ライトとレーザ・サイトでジャックを捉える。
相手――ロジャー・エドワーズは眉をひそめた。
「ジャック、お前か?」
互いを認めて、2人が銃口を下げる。
「ロジャー、」ジャックは溜め息を交えて一言、「随分と遠出だな」
「そりゃこっちの科白だ」ロジャーは苦い顔で食ってかかる。「ようやく見付けたぜ。“不夜城”の約束、忘れたとは言わせねェぞ」
「済まんな」ジャックが肩をすくめた。「巻き込みたくなかったんだ」
「――お仲間?」
格納庫の奥、大型トラクタの陰から、マリィが顔を覗かせた。
「出るな!」「誰だ!?」
ジャックの制止とロジャーの誰何、2人の声が同時に飛んだ。
「撃つな! 味方だ!」ジャックが背後へ右腕をかざす。ロジャーが銃口を下げる、その様を見届けて、「……で、いいんだよな?」
「今んところはな――誰だ?」
「そうだな……客、ってとこか」
動くに動けなくなったマリィを、ジャックは顎で示した。
「客ゥ?」ロジャーがあからさまに訝しむ。「何の?」
「色々あってな、事情は後だ」
「事情ね」銃を収めるロジャーの声が呆れている。「随分と派手にやったじゃねェか。“メルカート”からめでたく賞金がかかったぜ、お前さん方」
「知ってる。捕まえに来たのか?」
「約束のブツを拝みに、だ」
とりあえず安全と見たマリィが、物陰から姿を現した。マリィの容姿を眼にしたロジャーが口笛を鳴らす。
ロジャーが眼を細め、指鉄砲でジャックをつついた。
「いいとこお邪魔して悪いがな」
「違う」「違うわよ」
ジャックとマリィの声が重なった。
「エミリィといい、この女といい、堅い顔してどこまで手の早い野郎だ」ロジャーには耳を貸す風もない。「さあ見せろ、わざわざここまで追っかけてきたからにゃ、もう離さねェぞ」
「だから……!」
「物好きな野郎だ」マリィの抗議を聞き流し、ジャックが左手を上げる。「見せるも何も、もうお前だって見たろうが。あの手配書そのままだ」
「“メルカート”に喧嘩売ってやがるのか?」
ジャックはそのまま頷いてみせた。正確には喧嘩を売られた側だが、全くの勘違いというわけでもない。
「彼女には巻き添えを食わせたってわけだ」ジャックは親指をマリィに向けた。「安全な所まで送って行く。そっちは?」
ジャックは言下に潜ませて問い――ロジャーとエミリィ、2人の関係。
「……エミリィとは仕事で組んだことがあってな、」ロジャーは苦い顔を作ってみせた。「あの日も眼ェつけてたんだが、お前さんのアパートメントで、あの通りだ」
ロジャーは肩をすくめ、マリィへ顎をしゃくった。
「それより“安全”ってお前、どこまで送ってくつもりだ?」
「“ハミルトン・シティ”まで行けば何とかなるはずだ」
「何とかって、その後は?」
ロジャーが噛み付いた。
「お前を巻き込む」
「は!?」
ロジャーの表情がすっぽ抜ける。
「聞いておいてタダで済むと思うなよ」
ジャックが人の悪い笑みを浮かべた。
「どうするつもりだってんだよ、え?」
ロジャーが小首を傾げて問う。
「用のあるヤツは1人だけだ。エミリィの情報があるんでな、そいつをネタに考える」ジャックは天を指差した。「あとは高飛びでもするさ」
「け、」ロジャーが肩をそびやかす。「そんな気楽な問題かよ」
「お前みたいな壊し屋が味方につくからな」
「おだてたって何も出ねェぞ」ロジャーが人差し指を左右に振った。「そうやってごまかすつもりだろ、ん?」
「あの手配書は本物だ」ジャックは真顔で、「何なら付いて来るか? “メルカート”を向こうに回すハメになるぜ」
「そこまで野暮じゃねェよ」ロジャーがマリィへ視線を投げて、舌を出す。「“アンバー・タウン”で落ち合おうぜ」
「断ったら?」
「売るぞ」
「――身も蓋もないな」ジャックが肩をすくめた。「逆に、お前が俺たちを売らない保証は?」
瞬間、ジャックの眼が凄味を帯びる。
「そりゃそうだ」ロジャーはあっさり肯定してみせた。「なんだったら付いて行こうか?」
「そうか、そう考えると厄介だな」ロジャーが敵に回るとなれば、自分の位置を常に把握される方が面倒は増える。「こうしよう。どっちみち、“ハミルトン・シティ”までは俺も身動きがとれない。“不夜城”に5日後、こいつでどうだ」
「ま、そういうことにしとくか」ロジャーが譲った。「そん時までに、派手なプラン考えとけよ」
「そういうことにしとくさ」ジャックが背中越し、マリィを指で招いた。ロジャーが軽く口笛を吹いて、踵を返す。
「どうぞごゆっくり」
「ねえあの人、何か誤解して……」
「放っとけ」
ジャックはマリィの抗議を封じて、トレーラへ足を向けた。