電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第2章 亡霊
2-1.悔恨
『本日の特集、タイトルは“惑星“テセウス”の闇市場”。麻薬や武器、臓器や人身に至るまでを扱うこの市場、……』
『こちら“ベイティ・ニュース・アーカイヴ”のリュウ・ファです。“ハミルトン・シティ”、“カーヴァ・ストリート”より生中継でお送りしています。
昨日21時ごろに発生しました爆弾テロ事件、現場の消火作業が、ようやく終わったところです。少なくとも死者3名、負傷者10名を出しましたこの事件、犯行声明は“惑星自治評議会”、“新民族独立戦線”の両セクトから………』
「ひでェ有り様だ」刑事は思わず足を止めた。「戦場だな、こりゃ」
“爆弾テロ”の舞台となったアパートメントの3階踊り場。廊下に視線を投げれば、半ば吹き飛んだエレヴェータのドアが見て取れる。
「油売ってねェでさっさと行くぞ」傍らを仏頂面の相棒が通り過ぎた。「俺達の“戦場”はまだ上だ」
「ヘェへ」
家に残してきた娘の表情を思い出して溜め息一つ、埋め合わせの算段を巡らせながら階段に歩を刻む。足元、消火剤の残滓がスラックスの裾を侵蝕し始めたところで5階、“テロ”の現場に辿り着く。
「……また派手にやりやがったな」
呟いたのは相棒の方だった。
ルーム・ナンバ512を与えられていたそこには、文字通り何も残っていなかった――消し炭と瓦礫を除いては。
「畜生……!」
人の流れを遡り、廃ビル裏の暗がりへ。ジャック・マーフィは人知れぬ路地裏へ、力ない足取りで入り込んだ。
“カーヴァ・ストリート”の“爆弾テロ現場”から100メートルあまり、隠しておいたフロート・バイク“ヒューイ”の傍ら。耳には遠く、救急車とパトカーのサイレンが響く。
「……畜生!」
脳裏にまた512号室の惨状。ジャックは震える拳もろとも、憤りを壁へ叩き付けた。
2度、3度――皮膚が裂け、血が滲む。だが構わず、さらに一度――そこでふと、肩が震えた。
身体を壁に預け、そのまま地面へへたり込む。その聴覚に無遠慮な声が割り込んだ。
〈回りくどいなァ、もう〉“キャス”が嘲る。〈首でもくくる? それとも飛び降り? でなきゃアタマ吹っ飛ばす? ――やるならさっさとやっちゃえば?〉
「――やかましい」返す言葉に、しかし力はない。
〈他人ならすぐ殺せるくせして、自分の番になったらこの有り様?〉
「黙ってろ、デリートするぞ!」
〈ホストがいないとポリスがうっとうしいけど、あんたの死に際が拝めるんなら悪くないわ。なんか手伝う……〉
携帯端末の電源を切る。静寂が、痛みさえ伴ってジャックの耳に食い付いた。
「……畜生ッ……」
叩き付けた右手に痛み。カレル・ハドソン少佐は眉をしかめて、痛みの元へ眼をやった。
手にしていたライタが壊れて、掌に傷を作っていた。
「……くそッ!」
大きく息をついて、衝動を鎮めにかかる。次いで口元、火を着け損ねた煙草を握り潰して投げ捨てた。
“ハミルトン・シティ”南西部、“着陸海”の波音を聞く港湾区。トレーラ用コンテナの並ぶ中、その一つに擬した“地下病院”の傍らには、さしあたり少佐を除いて人影はない。
「少佐、」病室、すなわちコンテナの側面に作りつけたドアからアラン・オオシマ中尉が顔を出す。「敵前逃亡なんざらしくもない、少しは掩護してくださいよ」
肩をすくめて歩み寄るその片頬に、恨めしげな苦笑が引っかかっていた。少佐は片眉に疑問符を乗せる。
「あの姐さん、当たりがキツいったら」
その背後に、当の“姐さん”が姿を見せる。背の丈は中程度、ただし筋骨のしっかりした体躯の持ち主――白衣さえ羽織っていなければボディ・ビルダで通りそうな彼女のことを、少佐はオオシマ中尉に“頼りになるヤミ医者”とだけ伝えていた。
「当たりがキツくて当然だよ」
背後の声を聞いたオオシマ中尉が、観念したように宙を仰ぐ。
「4人も殺しやがって! おまけに6人も担ぎ込むたァいい度胸してるじゃないか」さすがに声は抑えるものの、彼女は少佐に歯を剥いた。「あんたが付いていながらなんてザマさ。戦車や装甲服じゃないんだよ!」
「ということは、処置は終わったな」
「何すましてんのさ」
いきり立つ彼女を制して、ハドソン少佐は中尉に頷きかけた。
「ベイカーとクロスビィに報せてやれ」
「了解」
中尉が放免された囚人さながらの足取りでコンテナへ戻る。それを見届けて、少佐は言を継いだ。
「無茶をしたのは承知の上だ」
「……開き直ろうってのかい?」
腕を組んだ女医の声が凄味を帯びる。向き直った少佐の眼には、それをはねつける憤り。
「綺麗ごとで済むならこんな苦労はない」
少佐の歯の軋る音。しばしの沈黙――眼を逸らしたのは、彼女の方が先だった。
「来な」鼻息一つ、女医はコンテナへ足先を向ける。「手当てが要るだろ」
眼を落とせば、右手に血の滴。
「……ああ、そうだな」
「ほら、こっちこっち!」
雑踏の中をかいくぐり、小走りに少年が駆けていく。
ボロのコートをまとった背中を追って、ロジャーは角を路地裏へ。
「こいつだろ?」
不意に立ち止まった少年の指差す先には、確かに人影。ロジャーは歩を進めた。フロート・バイクの陰にうずくまる、その姿には心当たりがある。
「間違いない。ありがとよ」丸めたヘイズ札を少年に手渡す。「イロつけといたぜ。スーザンによろしくな」
「へへ、まいど」
あとは我関せずとばかりに少年は立ち去った。それを見送って、ロジャーはフロート・バイクの傍らにかがみ込んだ。
「……探したぜ」
人影――ジャック・マーフィへ声をかける。帰ってきたのは、ただ濁った視線。それさえも、ロジャーの姿を認めるなり興味を失ったように漂い去った。
「寄るな。それとも死にたいか」
「どっちもご免だね――自爆テロでも考えたか?」
「……もっとタチが悪いかもな」力なくジャックに苦笑がよぎる。「俺が関わる端から死体が増える」
「ヤサの火事か」
そう口にするなり、ロジャーの眼前に銃口が現れた。
「とっとと消えろ」
「脅しにしちゃ半端だな」
表情を崩しもせずにロジャーが返した。ジャックの掌中に自動拳銃MP680ケルベロス。その引き鉄に、指はかかっていない。
「忠告してやって素直に聞くタマか」
「そりゃご親切に。けどこっちも丸っきり無関係ってわけじゃなくてな」
ジャックが片眉を持ち上げた。
「――エミリィ・マクファーソン」
引き鉄に指がかかる。一転、ジャックの眼が凄味を帯びた。
「どこまで知ってる」
かすれた声に殺気が滲む。
「さて、取り引きだ」ロジャーの笑みに不敵の色。「お互い商品の確認と行こうぜ」
銃口は動かない。
「冗談ならよそでやれ」
「本気さ。需要と供給は揃ってる」そこまで言ってロジャーは眼を細めた。「第一そんなザマで俺と渡り合う気か、え?」
不快げな表情が、ジャックの目許に乗った。迷ったような間――その間も眉一つ動かさずにいたロジャーの前から、銃口が退がった。
「場所を変えよう」ジャックはホルスタへ銃を戻しながら、「今夜0200に“不夜城”だ」
「おいおい、逃げるにしちゃ……」
「いいものを見せてやる」
言い捨てて、ジャックはバイクにまたがった。
「その前に事故るぜ、お前」
返事も残さず、フロート・バイクは滑り出した。
半ば無意識に尾行がいないのを確かめ、それから口を開きかけて――ジャックは懐へ手をやった。携帯端末の電源を入れる。不意に“ヒューイ”が横へ流れた。
クラクションと共に、コミュータが傍らをかすめた。運転席から悪罵をたれ流していく相手に、しかしジャックは一瞥さえくれない。
〈あーら、ご無沙汰〉
“キャス”の声には毒が満ちていた。
〈天国って帰り道あったの? それとも牢屋帰りかしら?〉言う間に現状を掴み直して、〈――ああなんだ、相変わらずザルなわけね、検問〉
「トレーラまで――アブドゥッラーのところまでやってくれ」
返す言葉には皮肉を聞いた風もない。
〈お断り。どこへでも勝手に行けば?〉
その科白が終わらないうちに、横のトラックからクラクションが響く。“キャス”は“ヒューイ”の制御に介入、すんでのところで接触を免れた。
〈……あの世に逃げるのは勝手だけど、落とし前だけはつけてから逝ってよね。もうこれ以上“トロント”の馬鹿につきまとわれたくないの〉
「放っとけ」
〈冗談じゃないわよ。もううんざり。1日にメッセージ何百件も送ってくるようなヤツよ、しかもいちいちトラップ付きで〉
「……何百?」
〈ほらまた来た。――“例の件、賞味期限切れ”だってさ。“逃がした魚はデカかったな。詳しくは……”って、へーえ〉
「何だって?」
視界の一角に経済ニュースが割り込んだ。
『“テイラー・インタープラネット”、“リックマン・カンパニィ”の買収を発表”』
「……テイラー!?」ジャックの眉が跳ね上がる。「……ヤツが!!」
〈あーら、この世に未練が湧いた?〉
「そうだな、」記事を追っていたジャックの目許が、剃刀さながらの鋭さを帯びた。「仕事ができた」
〈何よ、〉“キャス”が機嫌を傾けた。〈“テイラー”が相手だったら何だってのさ?〉
「“ヤツら”の尻尾だ――それも特大のな」生気――というより怨讐の光に溢れてジャックの眼。「後で話してやる。だが今はまずネタが要る。それからだ――何もかも」