電脳猟兵
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クリスタルの鍵
第10章 深層
10-10.資格
「――落盤?」マリィが訊いた。
「多分、目標が――サラディンが仕掛けてたヤツだ」キースが弱々しく言を継ぐ。「拠点にしてた廃坑ごと侵入者を潰す気でいたらしい」
マリィに絶句。声が震える――それが判る。ただそれでも立ち止まるわけにはいかない――勇を鼓して続きを促す。
「……どうなったの?」
問う声が硬さを増した、それがマリィ自身にも判る。
「落盤の現場からは何とか抜け出した。廃坑も入り組んでて、誰の眼も届かなかった。けどエリックはもう……」キースの声が詰まる。「……脚もやられて、銃創もひどかった……最後まで君の名を呼んでた」
マリィは口を開き――声を詰まらせた。涙が頬を伝う、熱い感触。キースの肩に顔を埋める。
「これで、解ったろ」マリィの喉に嗚咽、重ねるキースの声に諦念。「俺には君を見捨てることなんてできない――命を張ってでも。あいつのために」
「……エリックは……」マリィは顔を上げた。「……エリックは……命を懸けたんでしょ、あなたに?」
「……」言葉を成そうとして、キースは潰えた。後に残って沈黙が尾を曳く。
マリィはキースの頬へ手を寄せた。うなだれた顔をそっと正面に向き直らせる。
「違うとは言わせないわ。あなたのことが大事だったのよ」
キースに言葉はなかった。代わりに涙が溢れていた。
「……なら、」思わず言葉が口を衝いた。「生きて。私と一緒に来て」
焦茶色の瞳の奥に、懊悩が渦を巻く。
「俺に……そんな資格はない」
「何の資格?」マリィはキースに顔を寄せた。「楽になる資格? あなたが背負うものが変わることなんてないのよ――私がどうあっても。なら……」
キースをそっと抱きしめる。その耳に、マリィは唇を寄せた。すがるように囁く。
「彼が貴方を遺してくれたのよ」ためらい一つ、しかしマリィが思い切る。「だったらその命、無駄になんかさせない」
キースに絶句。何度も言葉を紡ぎかけ、そのたびに果たせずただ喘ぐ。やっとのことで言葉を掴んだ。
「……ずるいな……」困り果てたような涙声。「……俺には罰さえくれないのか?」
「そうよ」そう断じ、マリィが再び見つめてキースの瞳。「だから生きて、そして私に見せて――あなたの誠意を。エリックの遺したものを」
キースは息を呑んだ。その言葉の重み――そして眼を閉じ、天を仰ぐ。
「……俺には……」重い声がキース自らの胸に響く。「……その義務があるわけか……」
「あなたの命はエリックの命よ」言って、マリィはキースの肩を抱き寄せた。「大事にして」
「……ああ……」その一言を、キースは絞り出した。次いでマリィの肩を抱き寄せる。
「……今だけ、今だけでいい……」キースの声が震えていた。「ここで……泣かせてくれ……」
マリィはキースの肩を優しく抱き寄せた。包み隠しのない嗚咽が、マリィの耳へ届いた。
「そうだ」オオシマ中尉がデータ・リンク越しに指示を飛ばす。「“ハンマ・ヘッド”より突撃小隊各員に告ぐ。これより宇宙港“クライトン”から討って出る!」
「“フック2”は即時離陸、シティの“レオーネ・アドバタイズ・ビルディング”へ! “スレッジ・アルファ”と“ブラヴォ”、当面の守備に必要だ。“フック2”で軌道エレヴェータへ戻ってこい! “クロー・ハンマ”、“チャーリィ”から“フォックストロット”まで、“フック3”の救助作業急げ! “スローイング・ハンマ”、敵が押し寄せてくるぞ。撤収急げ! “クロー・アルファ”と“ブラヴォ”、“ウォー・チャーリィ”から“フォックストロット”まで、先行して宇宙港へ殴り込むぞ、管制室前へ集合!」
「訊かせて」マリィがキースの耳元へ囁く。「あなたはキースでいたくないの?」
「エリックを死なせた男だ」
「エリックが遺した人よ」
苦悶の気配がキースの横顔をよぎる。
「君にはともかく、他の連中にとっては裏切り者の名前だな」
「そう」
「……止めないのか?」
「あなたがキースでいたくないなら、それでもいいわ。名前がどうでも、あなたはあなただもの」
「そう、か……」言葉の意味を噛みしめる、それだけの間が開いた。「……なら、逃げるわけにはいかないな」
看護師詰所のドアが控えめに開いた。キースとマリィの2人が、外を窺うように顔を覗かせる。
「――来たか」
振り返ったオオシマ中尉が、眼を細めた。
「現金なヤツだぜ」シンシアの頬に苦笑が乗る。「解りやすいったら」
「同感」ロジャーが呆れ顔で腕を組んだ。「このやろ、一人でいい目見やがって」
マリィの顔色に自信の色を認めたアンナが、安堵に息をもらす。「ああ、よかった……」
「済まん」バツの悪そうな表情で、キースが歩み寄る。「出遅れた」
「ホントにな」ロジャーが舌を突き出してみせる。「ま、立ち直ったからいいようなもんの」
「聞いておいてほしいことがある」面々を見渡して、キースが言い放つ。「俺の本名は――キース・ヘインズだ」
アンナが眼を剥いた。“ネイ”が感嘆の声を上げる。〈――わォ〉
同時にロジャーの視覚へ文字情報。元・陸軍第1軍第2師団第201旅団所属第9大隊第4中隊、通称“ブレイド”――知る者ぞ知る“捨て駒部隊”。最終階級は准尉、ただし殉職。そして“サラディン・ファイル”にもその名がある。――それが今“テセウス解放戦線”に敵対している。
「てことはだ、」ロジャーは舌なめずり一つ、「裏切り者ってわけだな、ゲリラにしてみりゃ」
キースが眼差しをロジャーへ向け、そして明確に頷いた。
「エリックに命懸けで説得された。連中のやり方は間違ってるってな」
「で、納得した?」
「眼の前でそのエリックを殺されたよ。そいつは俺が殺した。俺はもう連中から追われる身だ」
そこでオオシマ中尉が冷ややかな声を向ける。「裏切らないという保証は?」
「正直、ないな」キースは肩をそびやかした。オオシマ中尉へ顎を向けて、「そういうあんたが裏切らない保証と変わらんさ――ヤツらが許せない」
「ま、“サラディン・ファイル”をぶちまけようってのが、そもそもお前さんの考えたことだからな」ロジャーがキースの肩に手を置いた。「今さらケツまくって逃げるとも思えんがね。で、これからお前さんのことは“キース・ヘインズ”でいいのか?」
「それでいい」キースから頷き。
「まあいい。ここから先は一蓮托生だ」鼻を一つ鳴らしてオオシマ中尉。「討って出る。宇宙港からミサイル艇を出す。強襲用の特別仕様だ」
「宇宙からか――選択の余地はなさそうだな」キースの思考はすぐに遅れを取り戻した。「そっちの部隊と俺達が向こうに乗り込むとして、こっちの宇宙港にはそこの3人と怪我人は残すことになる。守りは固めなきゃならんが?」
「守りを固めてる余地はない。部隊を割ってなぞいられるか」オオシマ中尉は首を振った。「負傷者と非戦闘員は救難艇で軌道へ逃がす。時間を稼いで、その間にヘンダーソン大佐を討ち取るしかない」
「ちょっと、ちょっと待って」付いていけないマリィが割って入る。「逃がすって……、私達も?」
「ごもっともな話だな」ロジャーが冷静に補う。「今やゲリラがこぞって狙ってるのはそこのお姫様だ。騎士がいないってェのはかえってまずいんじゃないのか?」
「じゃあ連れてけってのか?」キースが反論する。「この先は正真正銘の戦場だぞ。人を護ってる余裕なんかない」
「守りに割く戦力がないってのはさっき聞いての通りだぜ? 第一だ、話が進み過ぎじゃねェのか?」ロジャーが指を一本、振ってみせる。「その前に宇宙港を何とかするのが先だろ?」
キースが苦い顔で腕を組んだ。オオシマ中尉へ問いを向ける。「戦力はどれだけ注ぎ込める?」
「即座に投入できるのが1個小隊相当というところだな」オオシマ中尉が応じる。「残りは引き揚げてくるまで時間が要る。待っている時間はないな。敵に立ち直る隙を与えたくない」
“敵”――オオシマ中尉の覚悟がこの一語に凝縮されている、それをキースは肌に感じた。第一、“ハンマ”中隊の戦力を分断し、減殺し、混乱させたのは他ならぬ自分たち――それが同じ“敵”に立ち向かおうというのだから。
キースはロジャーへ視線を向けた。眼で問う――賛同。シンシアにも眼で問う――頷き。
「決まりだな」
キースが頷いた。
オオシマ中尉も返して頷き。
「よし、管制室前へ集合だ――来い!」